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次の朝、職員室に入るなり、教頭のトトロが俺の腕をつかまえて
「塩崎先生。校長先生がお呼びです。私もいっしょにまいります。」
と困った顔をしている。
「俺、何かしましたか?」
「いやいや。実は、折り入って先生にお願いしたいことがあるんです。」
校長室に入ると、校長と教頭が揃って俺に深々と頭を下げ
「塩崎先生。こんなこと、お願いできるのは先生しかいないんです。」
と言う。
お願いの内容を簡潔にまとめると、生徒指導部の部長だった柏原先生が、精神的にやられて長期入院を余儀なくされた。事実、最近の生徒の生活態度は甚だしく乱れており、警察沙汰になる事案も増えている。しかしながら、本校の教職員の中で、そうした波乱万丈の状況に対応できそうな人物は俺をおいて他にないと彼らは言う。若過ぎても高齢過ぎても難しく、また頭が固過ぎても柔らか過ぎても不適切で・・・
つまり、なんでかんで俺に押し付けようという魂胆である。
俺の脳裏に、ふと『無形資産』の4文字が浮かぶ。
キタ―ーーーーーーーーッ!
ヤバ―――――――――ッ!
要するに、家族持ちの教員に夜中の繁華街をパトロールさせたり、いつ何時、警察に呼び出されるかわからない酷な役目はさせられない、という彼らなりの配慮でもあるらしい。
はあぁ~~~~~~~っ!
俺は心の中でため息をつく。
だが、現実には冷静さを装い、彼ら二人の困惑した顔を見つめていた。
全教職員の顔と家庭環境や健康状態を思い浮かべる。
確かに俺が最も適任かもしれない。
結果的に引き受けることになるなら、優柔不断な煮え切らない態度で引き受けるのはカッコよくない。
俺は、潔くスマートに生きることをモットーとしている。
「わかりました。生徒指導部長、謹んでお受け致します。」
校長と教頭が喜んだのは言うまでもない。
職員室に戻り、いつも通りコーヒーを飲んでいると、沢田先生が相変わらずハアハア息を切らして到着した。
「あれっ?塩崎先生。どうかしましたか?浮かない顔して・・・」
「あのさ・・・」
俺は教頭のトトロに聞こえないように声を潜めて
「急に生徒指導部長にさせられたんだよ。・・・ったく。マラソンしながら見回りしろってのかよ。」
とボヤいた。
すると沢田先生は、二ヤリと妙な笑みを浮かべて俺の耳にささやいた。
「お任せ下さい。妙なそぶりの生徒を発見したら俺にメールしてくれればOK!後は、何もしなくていいですから。小まめに連絡だけ、お願いします。」
どういうことだ?
まさか・・・
微かな不安が脳裏をかすめる。
その日の放課後。
生徒指導部会が開かれ、以前から生徒指導部だった29歳で柔道部の顧問、松木 実先生と、31歳で空手部の顧問、渋谷 光先生と顔合わせ的な打ち合わせを行う。
柔道と空手の達人が生徒指導部ってのは、それはもう説明するまでもないだろう。
だが、教員は3人。
生徒は600人もいる。
多勢に無勢。
力技で通用する仕事じゃない。
松木先生は不安そうに俺の顔を覗き込んで
「塩崎先生。大丈夫ですか?」
と言う。
「何が?」
「いやあ・・・最近の生徒、マジでヤバいですから。気をつけて下さいね。」
「気をつけるって?何を?」
「人目につかない場所にはいかない方が無難ですよ。」
「人目につかない場所で悪さするんじゃないのか?」
「そうですよ。だけど俺ら、無理してケガしたところで笑いものになるだけですから。何の保証もないでしょう。正直、このままじゃ俺も渋谷先生も、柏原先生の二の舞いを踏むだけだと思って・・・」
「要するに、君たち二人も、柏原先生と同じくらい疲れ切っているんだな?」
二人は無言でうなずいた。
「よし、わかった。じゃ、俺に情報だけくれないか?二人共、少し休んだらいい。部活で汗流して来いよ。」
二人は気まずそうに顔を見合わせていたが、やがて二人同時に立ち上がり、俺に深々と頭を下げた。
生徒指導部のLINEのグループを共有する。
何ともはや、多量のとんでもない情報が書き込まれている。
「任せろ。大船に乗ったつもりで、たまには息抜きしろ!」
俺は、偉そうにそう言い放つと職員室に戻りコーヒーを啜りながら、とりあえず最もヤバそうな緊急を要する案件をコピペして、沢田先生に送った。
8月3日午前0時〇〇ビル駐車場4階東側エレベーター前 3年5組川島他数名 大麻密売取引 相手不明
今夜じゃないか!
川島・・・母子家庭で毎朝新聞配達してる真面目な青年だと思ったが。
俺は、ふと思いつき、川島が所属している将棋部へ向かった。
部室を覗くと川島はいない。
「川島先輩は、多分、体育館の舞台の下に潜り込んで昼寝してると思います。」
1年生がそう言うので、俺は舞台の下へ行ってみた。
舞台の下は、普段使わないイベント用の椅子が収納されている。
両サイドに大きな引き戸があるが、中は真ん中に人がやっと一人通れる通路がある細長い暗いトンネル状態だ。
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