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本編
『……やめっ……』
放課後の空き教室、床へ張り付けるように押し倒された。制服のシャツのボタンを引きちぎるように、胸元をはだけさせられていく。
その相手は、数人の男の同級生。嫌がる俺の反応を見て、さらに興奮を隠さず制服を剥いていく。
地獄の様な過去。
俺の制止の声も虚しく、恐ろしい行為は続いていく。下半身に入り込む複数の手と、目の前には卑劣に笑う同級生の顔。その吐き気のするような笑い顔に、俺は今でも忘れられない程のトラウマを植え付けられた。
『……いやっ……やめて……っ』
俺は下半身をまさぐる手を、必死に引き剥がそうと暴れる。
しかし同級生達は、嫌がる俺を喜劇を見るかの如く傍観している。
俺は捕まえようとする手や腕から、必死に逃げようとした。しかし、数名に床へと手足を押し付けられ、身動きが取れない。
今、この状況全てに絶望した。
◆◇◆◇◆
「……っ!」
学生時代のトラウマに俺は飛び起きた。
背中や額には、じっとりと嫌な汗が滲んでいる。無意識に緊張していた事で、浅くなった呼吸を整える。
ふと時計を見ると、午前3時を回るところだった。仮眠をするつもりだったが、どうやら寝すぎてしまっていたようだ。
そこで俺は作業用のデスクに置いてある、ノートパソコンに目が行った。嫌な余韻の残る身体を起こして、執筆作業に戻る。
仮眠前の状態で残されている物語に、肉付けしていく。この調子でいけば、今日の締切には間に合うだろう。
カタカタと軽快なリズムを立て、原稿を仕上げていく。タンッとエンターを少し強めに叩く。
原稿が終わった合図だ。
俺はそのまま脱力し、背もたれへ身体を預けた。久しぶりに見た夢のせいで、頭の中は未だにモヤモヤとしている。
「はぁ……最悪だ」
思わずそう呟く。
学生時代のトラウマ、そのトラウマのお陰で今は人が大の苦手になった。幸いにも小説家という職業は、基本的にパソコンとにらめっこしている。人付き合いに関しては、大して困る事はない。しかし、一般の社会人と比べれば、目も当てられない状態ではある。
そんな事を考えていると、スマホの電話がなった。相手を見ると編集者の、後藤さんからだ。
俺は心を落ち着かせて、その電話にでた。
『あ、もしもし。橋本先生!』
「はい……どうかされましたか」
『今度の作品のプロット見たよ。このままいけば、また大作が生まれるかもね〜』
「そうですか……えっと、ありがとうございます」
『でも、心理カウンセラーの主人公の事を書くなら、ちょっと知識が浅いなって意見も出てるんだよね』
「はぁ……」
多少厳しい言葉だが、指摘してくれるのはありがたい。確かにカウンセラーの事については調べたのだが、なんせ人との関わりが主な職業だからか、業務内容に取り扱い説明書のような決まったテンプレートがある訳では無い。
すると必然的に、経験を積み重ねたカウンセラーに聞く他ないのだ。仕方が無いが、こればかりはどうしようもない。
『あ、それでね。娘がよくお世話になってる、仲の良いカウンセラーさんがいるんだけど、その人に資料集めとして取材を頼んでみようと思ってるんだけど……どうかな?』
「え、えっと……お、お願いします?」
俺は急な提案に思わず返事をしてしまった。
しまったと後悔した頃にはもう遅く、電話を切られてしまった。
どの位ぶりにコンビニ店員以外の、他人と話すだろうか……そんな事を考えながら暫くぼーっとしていた。
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