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『た……しろ………?』
喉から絞り出した声を上げながら、教室から出ていく華奢な背中を目で追う。俺は数人の同級生に押さえつけられ、それでも抵抗しながらも助けを求めてその人物を見た。しかし無情にも逃げていくその背中に、俺は酷く泣きそうになった。
そんな俺の抵抗の心も無かった事のように、同級生に床に押し付けられる。
『……やめっ……!』
ひゅっと、恐怖で全身が竦む。
シャツのボタンを引きちぎられて、肌を晒された。
全力で抵抗しても、びくともしない。当たり前だ、数人がかりで押さえつけられているんだから。
必死に目を閉じた瞼の裏に焼け付いて映るのは、逃げて行く親友の背中だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……っ……は……」
俺は昔の夢に飛び起きた。
トラウマの根幹と言われるような、思い出にそれが夢であった事に安堵する。暫くこうして、学生時代の夢を見ていなかった。
忘れそうになっている時に、こうやって夢に現れて思い出してしまう。
思い出してしまった記憶に、じっとりかいた汗がその不快さを表している様だ。
「ほんとに……最悪だ……」
口にしたその言葉は、酷く情けなかった。
掠れて消えてしまいそうな声は、まるで過去の自分を表している気がして、本当に気持ちが悪い。
はぁ、と何に対してかも分からない呆れたため息をつく。果たして何も心配せずに、俺が安眠出来る時は来るのだろうか?
ぼんやりと考えながら、視線をやった先の時計は午前4時を指していた。
俺は少し憂鬱な気持ちになる。昔から何かが充実していると、何かがうまくいかなくなる。勿論、世の中の誰もが全員上手くいくことなんて、あり得るはずがないと理解ってはいる。
それでも積み重ねてきたものが、一瞬でバランスを崩してしまう事なんて話は沢山あるわけで、塵ほどの努力は風が吹いてしまえば直ぐに消え行ってしまう。
そんな、暗然たる考えを心に俺は早々と二度寝を決め込んだ。
◇◆◇◆◇◆◇
次に起きた時には、もう日が上がっていた。
カーテンの隙間から覗く陽の光は、部屋の中をぼんやりと照らしている。
そんな寂しい空間に鳴り響く着信音に、俺は流れ作業のようにその着信を取った。
「はい……?」
「先生! 今日、締切のプロット出来てます!?」
電話の相手は後藤さんだったらしく、やけに慌ただしく電話口で騒いでいる。
「あの……すみません……プロットって?」
身に覚えのない締切に俺は、急いで記憶を辿る。
しかしいくら記憶をたどっても、目的のプロットらしき物は思い当たらなかった。
「……そんなはずは無いんだけどなぁ。こっちで手違いがあるかもしれないから確認してみます」
身に覚えが無いことを伝えると、後藤さんはそう言って、電話を慌ただしく切った。
俺は俺でpcのファイルを確認したりと、探してみたがやはりそういった物は無かった。
釈然としないまま、仕方なく執筆を進める。
だが、不安な心持ちで行う執筆は、不安な気持ちが物語にも表されてしまう。何度も書き進めたシナリオを見返して、黙読をしたり音読をしたりするが、やはりモヤついてしまっていた。
仕事の失敗は信用の断裂に直結している。そう考えてしまう自分が、この時ばかりは恨めしかった。
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