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後日、後藤さんから連絡がきた。
要件はというと、俺が立てるはずだったプロットの内容は編集側の手違いで、他の作家に渡ってしまっていたらしい。
『本当にすみません………!僕の知らない間に、ウチの新人くんが間違えてたみたいで』
「いえ……仕方のない事ですので。そう言えば、そのプロットはどうなるんですか?」
『ああ、そうそう!そのプロットなんですけど……』
後藤さんは何やらゴソゴソと、通話口で探し物をしている。暫くして、捜し物が見つかったのか後藤さんは、軽く咳ばらいをすると話し始めた。
『あった!えーと、来月の7日までに先生が新しく書き直して、提出してくださいっ』
「ら、来月ですか?」
『はい!』
「で、でも来月は今書いてる原稿の締め切りが……」
俺は執筆途中の画面を見て、半ば諦め気味に言ってみた。
『すみません……でも、もうそれ以上は伸ばせないんです……ウチの編集長の方も事情を説明して、やっと許可出してくれて……』
後藤さんにしては珍しく、申し訳無さそうに電話口で項垂れている。編集者側のミスとは言え、色んな所に頭下げて回ったのだろう。俺はデスクの横に置いてある、ミニカレンダーをチェックする。来月の7日を見てみると、その日は佐田さんとの約束の日だった。
「よりによってだな………」
『なにか予定でもありました?』
「あ、っと、なんでも無いです……」
咄嗟に誤魔化してしまったが、後藤さんの好奇心はそんな俺を逃がさなかった。
『えー、何?気になるー』
「いや……別に大したことではないんです」
そうは言ったものの、楽しみにしていたのは事実だった。なにも、締め切りまで作業しなければいい話なのだが、元々遅筆であってマルチタスクが苦手な為に、掛け持ちはいつも断っていたのだ。今回に限っては、そんなことは言っていられないが、どうも楽しみにしていた予定が潰れる事になり気分も乗らない。
「そういえば間違ってプロットを立てる事になった、相手の作家さんってどなただったんですか……?」
『あー……えっと、うちのレーベルで橋本先生と同じくらい、売り上げを上げていると言ったら、一人しかいないでしょう?』
後藤さんは少し言いにくそうに話したが、結局のところ名前は伏せた。俺と同程度の売り上げを誇る作家は、本郷先生しか思い浮かばない。何回と重版の知らせが、回ってくるほどに処女作すらも未だ重版されている。本郷先生の得意なジャンルはサスペンスやミステリーものだろうか、出版されているジャンルはそういったものが多い気がする。
恋愛ものや、ヒューマンドラマのもを書いている自分とは、対を成すものだと思っている。
「そうなんですか……迷惑かけてしまいましたね」
少し彼に対する罪悪感が心に残りながらも、俺は後藤さんとの通話を切った。後ろ髪を引かれるというのは、こういう気持ちの事を言うのだろうか?
開いたままのノートパソコンに、視線を移す。先程まで書いていた物語が、俺の意識を別世界へと連れていくような感覚に少しだけ、焦りと断念の気持ちが芽生える。その気持ちを振り払うように、俺はその物語をおわりへと導いていく。
午後20時を過ぎる頃、やっとキリの良い所まで話を進めることが出来た。俺は全身に溜まった疲労を、逃がすように伸びをした。そろそろ、佐田さんも仕事が終わる頃だろうか?俺はスマホを片手に、通話ボタンと見つめ合う。
なんて言うべきだろうか………俺は少し迷いながらも佐田さんへコールを鳴らした。
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