73人が本棚に入れています
本棚に追加
俺は今『まごころセンター』と言われる場所に来ている。ここは精神的に辛い人、悩みがある人様々な人が相談しに訪れる場所だ。
俺がここにいる理由は、相談がしたい訳では無い。心理カウンセラーと言う職業について、取材に訪れたのだ。
担当のカウンセラーさんを待つ為に、少し広めなロビーで座っていることにする。
室内だと言うのに緑が多く、観葉植物が多く設置されおり、鳥のさえずりを思わせるBGMも流れている。非常にリラックス出来る空間だなと思った。
俺はこの室内だけでも参考になりそうな事を、どんどんスマホのメモ機能に書き溜めていく。
気付くと没頭していた様で、担当カウンセラーが来ている事に気付かなかった。
「……っ!」
「あ、邪魔をしてしまいましたか……?」
目の前の席に人の足が見え、驚いてビクッと肩を震わせると、相手は人の良い笑顔で笑いかけてくれた。
「あ、いえ。すみません。集中してしまってて……」
「いえいえ。真剣になられているお顔が凄く綺麗だったので、話し掛けるのが勿体なく感じてしまって。失礼ながら見入ってました……ははっ」
酔ってしまうような口説き文句に、俺はしどろもどろになる。
「あの……今日、取材を受けて下さる佐田 祐介さんですか?」
「はい、そうです。良ければこれ、私の名刺です」
そう言って渡されたのは、まごころセンターとそのロゴ、名前と電話番号が書かれた名刺だった。
「よろしくお願いします……」
「因みに先生は、橋本紗月さんで間違いないですか?」
「はい、そうです……すみませんお忙しい中、取材を受けて貰って」
「いやいや! 気にしないでください! 実は僕、先生の大ファンで! 前作なんて、読む度に泣いてしまいます……!」
そう凄い剣幕で伝えてくるあたり、本当にファンなのだろう。少し嬉しいかもしれない。
数字では何万部達成しましたよ、なんて後藤さんが教えてくれても、実際の所実感がないのは事実だ。
だからこうして目の前に笑顔があると、少し救われる。
「ありがとうございます。とても嬉しいです」
「……!」
俺が佐田さんにつられるように笑みを作ると、意外だったのか驚いていた。この人、案外考えてる事が顔に出やすいタイプなのかもしれないな。
◆◇◆◇◆
それでは、とセンターの説明をし始めた佐田さんに、俺は相槌をうちながらメモを取っていく。
「センター内には、植物を多く置いています。植物を置いて緑を多くするとこで、リラックス効果があるんです」
最初に考察した事が、当たっていた。
確かにこいった自然を感じさせる場所の方が、話をするのに落ち着く気がする。
「そして、このセンターは病院ではありません。だから無駄に気を張る事が無いよう、センター内には絵画などの芸術作品や小さなカフェを置いています。話疲れて、カフェで休んでいかれる方もいるんですよ。良かったら橋本先生もご利用くださいね」
「……はい、ありがとうございます」
センターの説明が終わり、今度はカウンセラーと言う職業について話を聞く番になった。
「……佐田さんはどんなカウンセリングをされるんですか?」
俺は根本的な疑問を聞いてみた。カウンセラーと言っても、人それぞれカウンセリングの仕方は違うだろう。俺の質問に佐田さんは、数秒ほど考えて答えを出した。
「僕の行っているのは基本、傾聴です。悩んでいる方の話を聞いて、そのうち悩んでいる方が自分で悩みの解決方法や、考え方を纏めるというようなカウンセリングをしています。悩みを抱えている人はまず、整理をしなくては解決には向かいません。その為の、第一歩のだと考えています」
佐田さんは俺の顔を覗き見て、話の続きをし始めた。相手の会話にテンポを合わせるのが、とても上手い。
「橋本先生。この仕事の大事な心得って、何か分かりますか?」
「心得……」
俺は少し考えて自分の中の答えを出した。
「……知識をつけること?」
「ふふっ、それも大事ですね。でも、自分で体験して納得出来ない知識って、意味が無いと思いませんか?」
「納得出来ない知識……なるほど、学ぶ事だけを振りかざした知識は、その人の経験にはなっていないからですかね」
佐田さんは俺の呟きに微笑んだ。正解とも不正解とも取れないその微笑みは、少し俺を不安にさせる。
「そうなんです。納得出来ない知識には、意味がない。だから、僕も相談者さんの全ての悩みに共感は出来ません。けれど、相手の苦しみを聞いて理解する事はできます」
俺は佐田さんの言う事に静かに頷いた。
「ここにはアドバイスを求めてやってくる人、話を聞いて欲しい人。沢山の人が理解を求めて、やってきます。だからこそ、僕の仕事は理解をしてあげる事だと思っています」
そう太陽のように笑う彼に、両親や友人とは違った安心感を覚える。
これがカウンセラーの力か、と関心した。
「でも難しい事に相談者さんの悩みを自分も引き継いで、一緒に悩まないように注意しなければいけない事も、この仕事の大事な事だと思います。相談者さんと一緒に、悩みと不安で潰れてしまわないように」
その少しばかり冷たく感じる程の心得が、カウンセラーと言う仕事を大切にしているんだなと感じた。
俺は、佐田さんの話を聞いて圧倒された。恐らく年下である彼は沢山の人の話を聞いて、色々な事を感じてきたのだろう。
その証拠に話し上手で、聞き上手だ。何かくだらないことでも、報告しに話したくなるようなそんな温かさを感じる。
ふと時計を見ると、午後3時をさしていた。
俺が時計を見る目線に気付いたのか、佐田さんは「お時間ですか?」と聞いてくれた。
「あ、はい。そうですね、そろそろ帰ります」
「はい。あ、良かったらまたお話に来てください。忙しい場合などありましたら、名刺にある僕の電話番号にかけてください。電話越しにでも対応させていただきます」
「……ありがとうございます。そうですね、また何かあったら連絡させていただきます。今日はお忙しい中、ありがとうございました」
そう言って晴れた空を頭上に、近くのバス停まで歩き出した。
今日の事で少し創作意欲が出てきた気がする。
プロットも編集者達には評判が良いので、無理はせずに頑張ってみようと思う。
最初のコメントを投稿しよう!