本編

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 カタカタとタイプ音が響く家の一室、俺は後藤さんからの申し出に手が止まった。 【明日の打ち合わせは、駅前のカフェでどうでしょうか?橋本先生、最近外に出てないですよね?】  あまり外に出ない職業柄故、こうやって外に連れ出してくれるのは有難いが正直、俺は駅前の様に人が賑わっているところが苦手なのだ。  人酔いを起こしてしまう。 「……断るにも、なんて理由を言えばいいのか」  俺は迷いに迷った結果、午前中の人が少ない時ならと言うことで了承した。  後藤さんも快く受け入れてくれて良かった。  返事を確認し、また小説の原稿に取り掛かる。  カタカタと軽快な音を鳴らし、たまにコーヒーを飲む。  上手く話を書けている時は楽しい。  けれど、書きたい物を書けなくなるのは正直怖い。今は民衆向けの作品が、俺の作風と合っている為そこまで編集者と言い合いになったりしたことは無いが、時代も過ぎれば分からない。  そんな不安と共に、今日も文字を打ち込んでいく。 「ふぅ……そろそろ16時か」  時計を確認し、きりの良い所まで原稿を仕上げる。キリがつき、ぐぐっと伸びをすれば腰に溜っていた疲れが、じんわりと無くなる様な気がした。  そろそろ、夕食を買いに行こうかとサイフを持てば、はらりと紙が落ちてきた。  拾いあげると、それは佐田さんの名刺だった。 「……人の良さそうな人だったな」  そう呟いてサイフに戻す。  あの人は今日も、悩みを抱えた人達と触れ合っているのだろうか。  そんな些細な事だけれど気になった。  でも、1度しか会ったことの無い佐田さんに、いきなり電話をかけるほど、俺は人との会話が得意では無い。 「……お腹すいた、コンビニ行こ」  ガチャッとドアを開け、いつものコンビニへ歩き出した。 ◆◇◆◇◆  夏の暑い日、太陽が燦々と照りつける。  まだ午前中だと言うのにこんなにも暑い。  俺は近くの自販機でミネラルウォーターを買い、こくこくと飲み下した。 「はぁ……今日はだいぶダメだしされたなぁ」  後藤さんとの打ち合わせが終わり、原稿を提出した。すると、イメージと合わなかったのかことごとくダメ出しを食らった。  別にダメ出し自体は有難いが、流石に原稿の半分以上を否定されるとら、創作意欲が無くなってしまう。  そんな事を考えながら歩いていた。  チラリと腕時計を確認する、まだ電車が来るには時間がある。  本屋にでも寄って帰ろうと方向転換した。  本屋には、俺の名前をでかでかと張り出したコーナーがあった。  俺は思わずそのコーナーに足を止めると、前作の小説を手に取ってみる。  前作の話は、毒親から逃げる少年の話を書いたものだった。  この時は自分のトラウマを、何度も思い出しながら書いた記憶がある。この作品は、今でも辛い印象だ。命を削って書いた様なそんな感じ。 「その小説、凄くいいですよね」  俺が小説とにらめっこしていると、突然話しかけられた。  目線を声のした方へ移すと、そこには佐田さんがイタズラな笑みを浮かべて立っていた。 「さ、佐田さん……!?」 「こんにちは、先生。お久しぶりです!」  微笑みそう返してくれる佐田さんに、俺は慌ててぎこちない挨拶を返した。 「ど、どうしてこんな所に?」 「ふふっ。今日、センターはお休みなんです。だから、久しぶりに本屋に来てみようと思って。そしたら、先生がいたので思わず声をかけてしまいました」  いたずらっ子の様なその微笑みに、俺もつられて笑う。 「なるほど……そうなんですね」 「先生は、何を見ていらしたんですか?」 「ああ、これです」 「これは……先生の作品。俺、この作品とても好きなんです。前も言った通り読む度に、主人公の心情が辛くて泣いちゃうんですよね〜」 「嬉しいです。少しでも、読んで下さる方の心を動かす事ができて……」  すると佐田さんは、俺を見て微笑んでいた。  俺は恥ずかしい様な気まずい様なで、少し居心地が悪くなり佐田さんから目線を外す。 「あ、そういえば橋本先生はこの後空いてますか……?」 「この後ですか? えぇ、空いてますけど……」 「あの。良かったら、お茶していきません?」  思わず固まってしまった。  下心のない誘いほどびっくりすることは無い。  けれどせっかくの誘いを断る事も出来ず、快く承諾した。 「ええ、是非」 ◆◇◆◇◆ 「……って所が好きなんですっ!」  あれから延々と、自分の書いた小説の感想を聞かされている。  佐田さんは相当な読書家らしく、俺の書いた小説の殆どを読んでくれているらしい。 「……本当にありがとうございます。今日は少し落ち込んでいたので、そう言って頂けると本当に嬉しいです」 「落ち込んで……?」 「はい、編集者さんに厳しめな言葉を少々。でも俺を想っての言葉なので、何も言い返せませんけどね……ははっ」 「……そうですか。でも、時には言い返したっていいかも知れませんよ?」  佐田さんは、そう言ってお茶目に笑って見せる。冗談じみた声色は、何処かで俺を安心させた。 「そう……ですね」  遠慮がちにも、俺はその落ち着く温度に寄りついてしまった。物理的にではなく精神的に。  会ってまだ2回目のこの人に、何を感じているのだろう。  分からないが、大切な事のように感じる。 「ふふっ。後藤さんと会っているって事は、次回作が期待できるんですかね……?」 「そ、それは……」 「あ、言えませんよね。すみません……!」  少し残念そうにしながらも、佐田さんはウキウキとした顔をしている。  あぁ、俺は読者に楽しみを与えられているようだ。それだけでも嬉しいのに、佐田さんは作品の感想までくれる。  何かを生み出す者にとって、感想や評価はとても嬉しい事なのだと実感した。
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