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相も変わらずタイピング音を響かせ、原稿を仕上げていく。無心に思うがままにやっていくが、手は止まるもので作業を初めて数時間。完全に手が止まった。
何を考えても、どれもしっくりと来なくなる。
創作意欲の低下だ。
「はぁ……一旦寝よう」
そう呟いてベッドに寝転ぶ。
アラームをセットして目を閉じた。
◆◇◆◇◆
ぱっと目を開けると、そこは学校だった。
目の前にはあの時と同じ、俺を犯した同級生たちがこちらを見ている。咄嗟に逃げようとするが、手を掴まれてそれも出来なくなる。
『嫌だ……っ!』
やめてくれっ。この夢は見たくないっ!!
全力で抵抗するも同級生達には適わず押し倒される。また、シャツのボタンを引きちぎられる。下半身をまさぐる下劣な手。
凄く不愉快だ。胸に顔を埋め尖りを舐られる。
反射的に声が出る。あぁ、もう嫌だ。もうこんな夢、覚めてくれ。
いくら暴れても何度も床に押し付けられて、抵抗出来なくなる。
『……んんっ、もっ……嫌だ』
閉じた目の裏に浮かぶのは、何故か太陽の様に微笑む佐田さんだった。
あの時、相談していれば良かったのだろうか……分からない。
でもこんな事、相談されても困るだけだろう……。
────ピピピピピピ!
「………っ!?」
けたたましいアラームの音により、目覚めた俺は泣いていた。またあの夢だ。
最近、この夢を見る事が多くなってきている。怖い……。あれは実体験だ。
またあんな事があるとと思うと、人が信じられなくなる。
「考えるのはやめよう……原稿、終わらせなきゃ」
どうにか休まらない頭で原稿を進めようと、嫌な汗を拭いて起き上がる。
明日、佐田さんへ電話をかけてみよう。
少し創作の事について、相談してみるくらいなら大丈夫だろう。
◆◇◆◇◆
翌日、あの名刺の隅に書かれている番号にかけてみた。
静かになり続けるコールに、俺は緊張で手汗をかいている事に気が付く。
そして、プツッとコールを遮る音に身体が強ばる。
「はい、まごころセンター。佐田です」と温かい声色で出てくれる相手に安堵して、俺は言葉を続けた。
「お世話になっています。橋本です」
「橋本さん!?」
俺が掛けたことが意外だったのか、思わず驚いていた。それどころか少し嬉しそうなのは、気のせいだろうか?
「はい、お忙しいところ恐縮ですが……少しお話したいなと思って……」
俺は恐々とそう言ってみると、電話のその向こうで息を飲むような音がした。
何かまずいことを言ってしまっただろうか……?
不安になり、弁解しようと口を開くと「喜んで!」と言われた。
それならばと安心して、最近の創作意欲低下について話してみた。
「……そうですか。聞いていると創作意欲の低下というよりは、創作意欲に波があるように感じますが。どうでしょう……?」
「言われれば、そうですね」
確かに。あの嫌な夢を見た日には、凄く創作意欲が下がっている気がする。
「夜眠れていますか?」
「え……っ?」
「ああ。いや、睡眠は行動の基本なので。お忙しいと思いますが、あまり無理はせずに……」
「あぁ、なるほど。そう……ですね」
特に何か解決された訳では無いが、頭の中は整理された気はする。
暫く雑談を佐田さんとしていたが、時間となり残念ながらお開きとなってしまった。
「電話をかけてきてくれて、ありがとうございます。とても嬉しかったです」
「……どうして、佐田さんがお礼を言うんですか?」
「あ、なんででしょうね?なんか嬉しくて」
「そうですか……嬉しいです。それに、息抜きになりました。ありがとうございます」
そう言って電話を切った。
相変わらず佐田さんは小説の事ばかりを話していたが、良い気晴らしになった。
また、かけてみようかな。
そう心に思い、再度原稿に向き直った。
再び向き直った原稿は、驚くほどに進んでいった。
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