本編

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 まごころセンターのオフィスのデスクで1人、持参した弁当を侘しく食べていた。周りの社員も各自、食事を持ってきている。  午前中にカウンセリングした少女の話に、少し気持ちが飲み込まれてしまいそうになった。  両親の精神的虐待は近年、増加している。  惨い事にストレスの発散が、子供に向くのは可哀想でならない。  俺たちカウンセラーは話を聞く事でしか、被害者の心を分かってやれないが、どうにも押しつぶされそうになってしまう。  俺は短いため息をついて、弁当に入っていた卵焼きを頬張った。  すると突然携帯電話が鳴り出して、急いで卵焼きを咀嚼する。  落ち着いてコールを遮れば、緊張した様子で橋本先生が電話をかけてきてくれた。  俺は思わず驚いて、その名前を叫んでしまった。周りの社員の目線が痛い。  しかし、勇気を出して相談をしようとしてくれた橋本先生の行動が嬉しくて、静かに息を飲んでしまう。  それからは創作意欲の低下について、相談してくれた。話を聞く限りでは、創作意欲の低下というよりは波に左右されているように感じで、その事を指摘してみると橋本先生も納得している様だった。  暫く雑談をして俺の時間がやってきてしまい、残念ながら電話を終える。  少し名残惜しそうな橋本先生を残して、俺は電話を切った。 「新作……勝手になら期待してもいいよね……? 楽しみだなぁ」  そう言って、俺は手元にある橋本先生の本を開いた。何度読んでも、主人公達の心理描写が丁寧で素敵な作品だ。  読んでいるこっちまで辛くなってきたり、悲しくなってくる。 パッと時計を見ると、次の相談者さんとお話をする時間となっていた。 橋本先生との時間は、あっという間に過ぎてしまう。 ◆◇◆◇◆  太陽が照りつけるテラス席で、相手の相談者さんは泣きながら話していた。  このテラス席を選んで話すのは珍しく、皆カフェや無機質なデスクで話したがる。  そんな事を考えながらも、真摯に相談に向き合った。  相談者の話を聞きながら、少しでも前向きに考えをもてたらいいなと願う。  人間はどうしても悩んでしまう生き物だ。  それは、本能のままに生きていない証拠でもある。理性が働けば悩みも積もる。  皆心に()を飼って生きている。  悩みを持つことはその欲を躾ている証拠だと、少しだけ物騒な考えを持ってしまう。 俺は、自嘲気味に晴天の空を見上げた。 橋本先生は今、何をしているんだろう?
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