本編

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 まごころセンターの定休日で、職員の休暇の日でもある水曜日。  俺はいつもの様に音楽を流しながら、大好きな橋本紗月先生の小説を読む。  コーヒーを飲みながら過ごすそのひと時は、俺の生きている時間で一番優雅だと言える。  橋本先生はあまり自信家なタイプではないけれど、だからこその物語内での心情の変化や行動が、読んでいて共感できるものなんだと思う。  ただのファンの感想だけど、それを伝えられる関係になったと考えると、凄く心が躍るような感覚がする。  そんなことを考えて、口角が上がるのを抑えていると、突然スマホが鳴った。 誰から連絡がきたのか確認すると、橋本先生からだった。俺は思わず姿勢を正して、既読をつける。 『来週の日曜日。駅の書店で、サイン会イベントをやります。よければ、佐田さんも来られませんか?』  まさか、密かに行こうと思っていたイベントに、先生自ら誘ってくれた。その現実に、思わず変な声が出てしまう。 「まじか……嬉しいかも……俺って橋本先生の友人ってことでいいのかな……?」  ドキドキと心臓がうるさいのは、楽しみな事が出来て興奮しているからなのか……今の俺には分からない。 ◆◇◆◇◆  思わず誘ってしまった……。  俺は自室のベッドで送ったメッセージを何度も読み直して、既読が付くのを待った。  案外すぐに既読が付いて、緊張で心臓が破裂しそうだ。 『俺で良ければ喜んで! 来週の日曜日楽しみにしています……!』 「はぁぁぁ……良かった……」  俺は安堵からため息をついた。  佐田さんはいつも優しいから、こうやって誘っても笑って承諾してくれる。  それは、損得勘定で動いていたりするかもしれない。学生時代に襲ってきた奴らみたいに、皆初めは優しかった。  怖いのはそのあとの裏切りであったり、気色の悪い恋愛感情。同性同士の恋愛を嫌悪している訳では決して無い……ただ同性同士でも同意のない触れ合いは、あの事を思い出して嫌になる。 「………佐田さんは、そんな事しないってわかってるよ」  俺は自分に言い聞かせるように呟いた。  ………サイン会か、人前に立つの久々だな。佐田さんに緊張しない秘訣教わろうかな。    いつも頭の中がぐるぐるしている。  考えがパッと変わったり、言った言葉に対して相手を傷付けていないか心配になったり。俺の頭の中は常に忙しい。もう少し落ち着きを持ちたい。  そんなことを考えながら、締め切りの近い原稿を仕上げていく。  心理カウンセラーが主人公の恋愛小説の方も、そろそろプロットを動かしていかないといけない。
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