本編

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 イベント当日。  俺は椅子に腰掛け、マジックペンを走らせているだけの作業に没頭していた。  休憩室のような所で約100冊程の、サイン入り本作っていた。まだイベントが始まっていないのにも関わらず、こんなに忙しいのは俺だけだろうか……。  この後、実際にファンと顔を見てサインを書いて……という本題のサイン会が待っている。  少し人と会うのが憂鬱だが、佐田さんも来ていると考えると少し心が踊る。  忙しなく動いていると、部屋にノックがかかった。俺はやっている事をやめて、返事を返す。 「お邪魔します。はじめまして、本郷 光輝(ほんごうこうき)と申します」  そう挨拶してくるのは推理小説を得意とする、同じイベントに出る小説家だった。  同じ出版社で、彼と同時期に出す作品は、中々売れ行きが良くない。そう感じる程、彼の作品は人を惹きつける。正直苦手なタイプだ。 「はじめまして、橋本 紗月です。今日はよろしくお願いします」  そう定型文を返すと、本郷さんの整った口元が緩んだ。 「橋本先生って、男性だったんですね? 名前からして女性だと勘違いしていました」  本郷さんは少し嫌味にそう言ってくる。正直、言わなくてもいい一言だとは思う。それでも俺は、笑顔を貼り付けた。 「そうですね、よく間違えられます」  俺たちが会話をしていると、助け舟を出すように後藤さんが入って来てくれた。 「橋本先生ー、失礼するね。ん?本郷先生じゃないですか! もう少しで出番なので、そろそろ戻られた方がいいですよ〜」 「そうですね、ありがとうございます。では橋本先生またあとで」 少し不気味な笑みを貼り付けて、本郷さんは戻って行ってしまった。やっぱり、苦手なタイプだな。  自信家な人は憧れる反面、劣等感を感じる。  それは自分が中途半端だからなのか、自信がないからなのか……とにかく良いことでは無いだろう。 「橋本先生、あと何冊くらいで終わりそうですか?」  確認に来た後藤さんに、残りの冊数を伝え作業に戻る。  本郷さんはこの状況に、緊張しないのだろうか。同じ職業をしているのに、考え方も作風も違う。  なのにこうやって、同じイベントに集められる。  俺は終わったサイン本を積み重ねながら、そんな事を考えていた。
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