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サインがもらえるのは、抽選で当たった人のみ。それでも、開催フロアが人で埋め尽くされる程の人数は集まっている。
ふと周りを見回す。
佐田さんの存在を確認するが、どこにも見当たらない。さすがにこの人ごみの中で、見つけることは出来ないかと諦め、用意された席にスタンバイした。すると、座った目線の先に佐田さんはいた。
佐田さんも俺に気が付いたようで、目線を合わせて笑ってくれた。
それだけで、なんだかこの大勢を相手にする気力が湧いてきた。少し単純な自分に恥ずかしくなったが、それでも頑張りたいと思った。
◆◇◆◇◆
サイン会が始まり、沢山のファンの方がサインを書いてる間に話しかけてくれた。
デビュー作からのファンの方や、前作からの新規のファンなど沢山の方が来てくれた。
ずっと実感がなかったが、これだけの人が集まってくれたと考えると、胸が一杯になる。
人が混ざる様に集まったイベントは、着々と進んでいっている。残り数人という所で、佐田さんの順番になった。
「先生……! お久しぶりです、今日はお誘いいただきありがとうございました!」
嬉しそうに笑いかけてくれる佐田さんを見て、今までの疲れが溶けていくような感覚がした。
俺も思わず、彼につられる様に微笑む。
「来てくださってありがとうございます。お顔が見れて、とても嬉しいです。人が賑わっていますが、疲れていませんか?」
俺は、サインを書きながらそう言うと佐田さんは少し俺の顔を覗き込んだ。
何かおかしなことを言っただろうかと、首をかしげると佐田さんはふっと微笑んだ。
「はい、俺は大丈夫です。橋本先生こそ、お疲れではありませんか? 少しお顔が疲れているようなので……」
俺の顔を覗き込んでくふ佐田さんは心配そうで、紳士的な気遣いと声掛けをしてくれた。
「……だ、大丈夫です! 残り数名なので、このまま頑張ります」
俺は動揺しながらも、佐田さんに笑顔を向けた。何も焦ることは無かったが、疲れてきているのは事実で、正直その気遣いがありがたかった。
「そうですか……先生は笑顔が素敵ですね。残り数名、頑張ってください」
そう口説き文句と労いの言葉をかけ、サインの書かれた本を持って行ってしまった。
俺は佐田さんの言った言葉の意味に気を取られ、暫くその場で固まってしまった。
どうして、あんなにも砂糖を吐いてしまうような甘い言葉を、サラッと言えるのだろうか……。
佐田さんの恋人は、どんなに幸せな瞬間を過ごしているのだろうか。
そんな考えが頭を支配した。
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