過去化粧

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私には、幼い頃の記憶がない。 どうしてか、と聞かれても6歳頃までの記憶がまるっとすっぽり抜け落ちていて、私の人生はそのあたりからいきなり始まる。 ぼんやりとも、カケラも覚えていないことは少し疑問に感じたりもして、母に相談したこともある。 しかし、母は「私だって覚えてないわよ、そんな小さい頃」と笑って悩みを吹き飛ばしてくれたし、聞けば小さな頃の私の話を嬉しそうに教えてくれる。 「ひとり親で生活に必死で、写真やビデオに残してあげられなかったのが申し訳ない」 と切なげな表情を浮かべる母に、だんだんとその話をすることは無くなっていった。 もう私は18歳、そんな幼い頃の記憶なんて無くてもおかしく無いのだろう。 高校を卒業し、早速栗色に染めた髪を軽く巻いて、フリルの襟がついたブラウスに袖を通す。 この前まで来ていたセーラー服は、古臭くてあまり好きではなかった。 これからは、自由だ。 何を好きと言って何を選択したって、いいんだ。 今日の道には今日のたんぽぽが咲く。 母が小さな頃に教えてくれた好きな言葉を胸で唱えたなら、ほら、今日から新しい生活が始まる。
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