過去化粧

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身体が空回るくらいの全速力で帰ってきた私を、母は目を丸くして振り向いた。 いつも通りのリビングには、いつも通りの匂いがして、余計に焦燥を助長させる。 「なあに、そんなに慌てて帰ってきて。」 だめだ、口に出す覚悟も出来てないくせに。 それなのに、あがった息に混じって疑問たちが早口で言葉になる。 『ねえ、お母さん、私ってさ、関西住んでたことないよね?』 バクバクと心臓が揺れるのは、走って逃げ帰ってきたからという理由だけではないだろう。 「どうしたの?急に。」 お願い、お母さん。 何言ってんのって吹き飛ばしてほしい。 突如浮かんだこの仮定を、馬鹿げた話だって一蹴してほしい。 『いや、どうしたっていうか。』 母はくるりと私に背を向けて、キッチンの方へと向かおうとする。 確かにいきなり変だろう、こんなこと言うなんて。 でも、ごめん。 一度湧き上がった「もしかして」は、止まってくれそうにない。 『ユナって、子、知ってる?』 口に出したのを耳に聞いて、どちらにせよもう後戻りは出来ないと察する。 母の反応を待ち侘びて、 待ち侘びて、そして、期待は最も簡単に裏切られることになった。 「…ごめんなさい。ごめんなさいっ…!!」 壊れたロボットのように不快な叫び声が耳を、母の突然の大きな動きが目を、支配して私の心身を飲み込む。 それは、凛々しく憧れの母が、床に頭を擦り付け土下座する姿。 「貴女を、…誘拐、したんです。私。」 言い表すなら、これは、悪夢。
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