3人が本棚に入れています
本棚に追加
春
春の光は、ぼんやりと暖かくて、眠くなる。春眠暁をなんて誰かが唄いたくなるのもわかる気がする。
授業が終わり、一人机にうつ伏せて、なんとなくクラスメイトの話に聞き耳を立てて、そんな毎日を送る。
「山田と鍋島つきあってるんだってさ」
耳元で聞こえた声に驚き顔をあげる。
目を丸くした僕を見て、彼女はふわりと笑った。
彼女の名前は綾瀬朋(あやせとも)。
僕のような一人ぼっちの男に話かけるような、人ではない、どちらかと言えばクラスのムードメーカーの様な、クラスの中心にいるような女子で、なんの間違いで、窓際の後ろの席の男子に話しかけてしまったのか。
住む世界が違う。
「渡会(わたらい)君は、鍋島ちゃんのこと好きなんだよね」
唐突な言葉に唖然とする。
「別に」
ふむふむと、綾瀬は頷きながら僕の机の横に座った。
「山田に嫉妬してると見た。山田かっこいいしね、野球も強いし」
高校に入って初めて女子と話すような僕には、状況が未だにわからずにいた。
「嫉妬してないから、男の嫉妬はみっともないだろう。僕を嫉妬させれるなら大したもんだよ」
じっと目を見つめられ、机に伏せ直す。
大きな黒目に吸い込まれそうになる。
「じゃあ、いつか渡会君の事を嫉妬させてあげよう。そしたら、渡会君の負けだから私の言う事一つ聞くんだよ」
「良いけど、僕が嫉妬させたらどんな言う事でも聞いてくれるのか」
「約束する。約束してね」
と、
訳のわからない綾瀬朋との賭けに頷き、その後も時々現れては、僕を小馬鹿にして帰っていく。
夢はあるのか、私はあるぞとか。
私の好きな食べ物は、なんだとか。
そして、僕達が嫉妬することもないまま、クラスが代わる。
二年生になり、いつもの様にうつ伏せて、クラスメイトの話をぼんやりと聞く。クラスが変わると綾瀬は態々現れることもなく、平穏が取り戻された。
三年生になっても、大きな変化は無く、あっという間に、高校も終わるのだろうと考えながら、明日からの夏休み何をするかを考えていた。
最初のコメントを投稿しよう!