第7話

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第7話

初冬らしい薄曇りの空を進む。 境内の裏にある墓地へ来た。 遠くに見覚えのある姿を見かけ、顔を上げる。 吉岡さまだ。 すぐに行ってしまわれたのでご挨拶はできなかったけれど、あの方の目的はお話しをせずとも分かる。 珠代さまの墓前には、供えられたばかりの花と線香が漂っていた。 用意した金平糖のいくつかをそこに加える。 手を合わせた。 珠代さま。 こうしてじっくりとお話するのは、初めてにございますね。 志乃です。 今回はどうしても折り入ってご相談したいことがあり、こうしてやって参りました。 あの方はまだ、あなたのことを好いておりますが、私もあの方のことを好いております。 ですが私には、あの方のお心がよく分からないのです。 何を考えているのか、どうしてほしいのか、どうすればよいのか、私には何も分からないのです。 あの人の喜ぶことが、あの人を困らせることが、何も分からない私にはどうしようもなくて、本当に困っているのです。 どうすればよいのでしょうか。 それをぜひあなたに教えていただきたかったのです。 あの方の扱い方を、あの方との接し方を……。 もしあなたが生きておいでだったら……。 それを思うと、そのことがとても残念でありません。 直接会ってお話したいこと、ご相談したいことが沢山あります。 どうかあなたのご家族と、あの方の幸せと、ついでにもしよかったら私の幸せも、一緒にお守りください。 よろしくお願いします。 庭の桔梗も、無事に種をつけました。 また困った時には、ここに相談に来ますね。 それではまた……。 閉じていた目を開き、立ち上がる。 置かれた墓石は動かない。 もし、この人よりも先に出会っていたら……なんていう仮定は、ありえない。 晋太郎さんと珠代さまとの仲が広く噂になっていなければ、私のところへ来るような縁組みではなかった。 「どうか誰にも負けぬお力を、分け与えくださいませ」 珠代さまが他家へ嫁いだのは、誰かのせいなんかじゃない。 あの方が誰を好きでいるのも、私が誰を好きになるのも、誰もなにも悪くはないのだ。 だからこそ、何も恨むことのない自分でいたい。 上手くいくことも上手くいかぬことも、誰かのせいにも他の何かのせいにもしたくはない。 今ここに自分がいるのも、今ここにこうして自分があるのも、全て自分のあるようにいるのだと、信じていたい。 寺を後にする。 覚悟は決まった。 これから帰って喧嘩の続きだ。 いつまでも黙っているわけにはいかない。 どこにいても自分は自分であるように。 あの人をちゃんと、好きでいられるように。
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