捨てた男 ②

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 入口で配布していた青いビニール袋に、ついさっき買ったグッズを詰め込んだ波部たちは、さっそく大ホールの中に入って席に着きました。 「すっげー広いホールだ。客席何個あんだよ」 「6000席以上だって」 「やば! つい半年前は半分くらいの席のホールでやってたのに!」 「有名になったからね。この前の新曲もトレンド上がってたし」 「‘ザネリ’」 「それ!」 「あれ名曲だよ、ほんとに。深夜ドラマの主題歌にはもったいないよ」 「歌詞も相変わらずいいよね。今回は特により闇深いところまで行ってるというか」 「どうやったらあんな歌詞書けんだろうね」 「人生何周してんだろって感じだよね」 「ほんとそれ! マジ末生(まつき)いろはヤバいわ~」 「ていうか今回のアルバムめっちゃ最高。わたし‘よいこ’が一番好き」 「あぁ~いいね。おれは‘夜が笑っている’がどストライクだった」 「それもめっちゃ好き! わかよさんのピアノの入りがすごい不気味で綺麗で」 「なんかえぐい音だよな。マジで夜が笑ってる声みたいだった」 「リズム隊もすごい曲の雰囲気うまく出してたし」 「ベースソロがさぁ、またいい味出してんのよなぁ……」  波部はとうとうたまらなくなって、両手で顔を覆いました。  バンドの楽曲に対する気持ちよりも――こうして久しぶりに彼女と楽しい時間を過ごせていることが、本当に何よりもうれしいのです。 「どうしたの?」  青いビニール袋を整理しながら彼女が尋ねます。ビニール袋には、バンドのマークである‘五体のてるてる坊主を円にして作った太陽’が描かれていました。 「本日ハ、STELLA(ステラ)-()LIBER(リベル) Live Tour Ver.10‘序曲’ニオ越シイタダキ、誠ニアリガトウゴザイマス。開演ニ先立チマシテ、皆様ニオ願イ申シ上ゲマス――」  このバンドのライブにお馴染みの、体温を限りなく失った機械人形みたいな声をそばで聞きながら、波部は彼女と目を合わせました。 「最近、元気してた? お互い忙しくてメールもしてなかったけど」 「え? うん。わたしは元気だった」 「よかった。FANSO(ファンゾ)の感染者数もどんどん増えてるからさ。もうこのマスクも飽きたよ~」 「冬真くんも仕事大変じゃない? ていうか今日スーツ着てるけど仕事だったの?」 「上司に呼び出されて土曜出勤。まぁおれが片付けなきゃいけない仕事だし、ライブまでに仕事終わったからまったく問題なし!」 「……無理しないでね」 「わかってる」  波部は、ニッと笑いました。  上司にどやされようと、周囲の風当たりがきつかろうと、どんなにつらくて大変だろうと、こうして自分を心配してくれる彼女がいるのなら、気持ちを強く持ち続けられると思ったのです。  ――月並みでクサいけどさ。  彼女の手を、そっと握ります。  びっくりしたのか、跳ねたように震えた細い手は、おそるおそる波部の手を握り返しました。 「汐見ちゃんは、おれが守る。どんなことがあったって、おれは君から離れないから」 「…………」  彼女は黙り込んで、そっとうつむきました。  照れてるんだ、かわいいな。  そう波部は思いました。
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