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その樹海は、ネットで見た写真よりもずっと、暗いところでした。
夜更けだから、というのもあるでしょうか。
鬱蒼と生い茂っている植物は、物凄く成分の濃い毒素に犯されたように真っ黒で、不気味なほどに密集した木の数々は、背が異様に高い亡霊のように黙って突っ立っているように見えました。風ひとつ吹かない、なぜか虫の声すらも全く聞こえない、原生林らしくもない異様な静けさが漂っています。
若者は、この樹海に入ったことを早くも後悔しました。じっとりする嫌な湿気が、空気を生暖かく濡らして、樹海のすみずみまで覆っています。身体中から滲み出る汗に濡れたワイシャツが、肌に張り付いて気持ち悪い。なんだか息苦しくなってしまって、若者はマスクを剥がしました。
――ここまで来て‘店’が無かったら……。
若者は一瞬考えますが、すぐにそれを振り払うようにかぶりを振りました。
どこからともなく流れてきたあの噂話だけを心の中で強く握りしめて、四方八方から自分を睨みつけてくる亡霊たちの眼差しに息を殺して、ひたすら奥へ、奥へ、進んでいきます。
「ぎゃっ」
とつぜんのことです。地表に出ている木の根っこを踏んだ拍子に滑ってひっくり返った若者は、そのままゴロゴロと斜面を転がり落ちました。くぐもった声をもらしながら凄まじい恐怖と取っ組み合いになり、やがて一瞬、体が宙に浮いたように何もかもが消え去ったかと思うと、大きくて硬い何かにゴツン、と頭をぶつけました。
「――ッてえぇ……」
そのまま倒れ込んだ体を仰向けにして、若者は両手で精一杯に頭を押さえました。背負っていたリュックサックはいつの間にか飛んでいったらしく、すっかり背中からいなくなっていました。
どこいったんだよ、と心底だるそうに身を起こした若者は、すぐに目をむきました。
「……え」
まるで時代に取り残されたような古い建物が、目の前にあったからです。
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