捨てた男 ②

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「汐見ちゃん!」  改札の前に立っている彼女を、波部は一目で見つけました。  黒いロンググローブをしている小柄な女性が、ぱっと振り向きます。 「冬真くん」  染めたての明るい茶色の髪が、さざ波のように揺れて、波部の瞳に映りこみました。 「髪、きれいだね。また染めたんだ」 「昨日の夜、染めたばかりで……変じゃないかな?」 「ぜんぜん! すごく似合ってるよ!」  彼女は、恥ずかしそうに笑いました。  その時の目尻の下がり方が、とても清楚で、控えめで、何よりとてもかわいらしく見えて、波部はゆるんだ口元を隠します。  彼女にマスクをさせるFANSO(ファンゾ)ウイルスに、ひどい憎しみを抱いた瞬間でした。 「ずっと外で待ってたの? 今日カンカン照りだし暑かったでしょ、大丈夫?」 「わたし夏には強いから。それに屋内って冷房効きすぎてる時あるし、それだとすごく寒くて……それに晴れた天気って気持ちいいでしょ? ちょっとした日光浴もかねて、って思ってさ」  そういう彼女は、まるで真冬に降りつもる雪がそのまま人間になったかのような、真っ白な肌をしていました。  今日みたいな真夏の強い陽射しを受けて、初めて人間らしい色味がようやく現れてくる、ふしぎな肌色です。それをうっすらと隠すように、黒いロンググローブが半袖のきわまで覆っています。  波部は無意識のうちに、その腕にうっとりしていました。出会った時から日が経つにつれ、彼女の白肌はますます磨きがかっているように感じたのです。 「もうすぐグッズ販売の時間だし、売り場行こ。早く並ばないと売り切れちゃうかもだし」 「あぁ……場所どこだっけ。大ホールの入り口?」 「見て冬真くん、もう行列できてる!」 「ほんとだ。最近ステリベも人気になったからなぁ」  大ホールのあるガラス棟の隙間から、長蛇の列が伸びているのが見えます。  波部は先に走り出した彼女を追いかけて、列の後ろに並びました。 「なに買うの?」 「キーホルダーとリストバンドは事前販売で買ったから……あとは時計! ポチろうと思ったら既に売り切れちゃってて」 「てるてる坊主が五人集まってるやつだよね。おれは六時になった時点で即ポチったよ。現物はやく届かんかな~」 「えーっ! ずるいよ自分だけ……」 「こういうのはスタートダッシュが肝心なんだよ。まぁいじけないで、幸いまだ売り切れてないみたいだ。おれグッズ買うとき一緒に時計買っとこうか?」 「いいの?」 「いいって。ついでに他にも欲しいグッズ見つけたら言ってよ、それも買うから。一緒に頼んだ方が早いでしょ」 「ありがと、お金わたすね」 「いいよ。奢ってあげる」 「えっダメだよ!」 「いいから。せっかく久しぶりに会えたんだから、これくらいやらせて」  波部は、彼女の申し訳なさそうな顔に優しく笑いかけました。前もって金を多めにおろしておいてよかったな、と思いながら。
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