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春子にしてみれば、打ち上げ花火の最中に引火した花火の爆発によって命を失った夫のことがあったから、息子である優介が同じ目に合うのではないかという不安がどうしても拭いきれずにいた。
その春子の反対を押し切って優介は中学卒業と同時に、博多を離れ三重県の花火伝道師と称される大崎好晴の元に弟子入りしたのだ。
大崎好晴は優介の亡き父の一番弟子でもあった。
病院を後にした優介は、打ち上げ花火の上げ場となっている河川敷へと車を走らせていた。
毎年この場所で開催される桜春祭の花火大会は、全国でも季節柄珍しかった。
「お袋さんは元気やったんけ」
関西訛りの花火伝道師の大崎好晴が上げ場に戻って来た優介に声を掛けた。
「はい、顔色も良かったけん心配はなかです」
優介はやつれた顔の母、春子の顔を思い出しながら捻り鉢巻を慣れた手つきで額に巻いた。
「……、お袋さん見てくれたらええけどな」
「……はい、花火が見える病室に移して貰えるように、さっき先生に頼んできたけん」
「さよかぁ……、力入るな」
「……、はい」
どこか不安気で寂しそうな顔の優介を好晴は気遣っていた。
優介の父が叶えられなかった打ち上げ花火がいよいよ明日、優介の点火によってこの博多の空に舞うかと思うと、好晴は熱くなる目頭をまばたきで誤魔化しては、風に預けた。
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