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 最後の日が、間もなく終わろうとしている。  でも、どうやって終わるかは知らない。  外の雨が、夜のうちに大海をつくるのかもしれない。  全部が海底の遺跡になって、家の中も水でいっぱいになって。そうすれば、窓辺に吊るされたモビールも、やっと本当の魚になる。  それとも、わたしたちだけが、パッと消えてしまうのかもしれない。  世界は同じ形で残っていて、明日の朝は変わらずやってきて、変わらず雨は降り続けているかもしれない。スイの焼いたビスケットの残りが、キッチンで何日も香ばしい匂いを漂わせたまま。洗っていない洗濯物が、山ほど籠に溜まったまま。  そうして、しとしとという雨の音だけが、家の中にこだましている。  なんの意味もなく、ただ、いつまでも響いている。  きっと、そういうものなのだ。  意味なんてない。  二十三年間、わたしの考えてきたこと。胸のうちで渦巻き、潮煙のように散った感情も。  スイは知らない。  わたししか知らない。  そのわたしも消えたら、もう誰も知らない。  跡形もなく溶けて、たちどころに消えてしまう。  ちょうど、氷に施した彫刻のように。  あるいは、水に描いた絵のように。  そうして、溶けたものの存在には、誰も気づかない。そういうものが、息もできないほどぎっしりと、空気中を埋め尽くしている。  そういう世界で、いいと思う。  もし水溜まりの波紋が消えなかったら、きっと、見るに堪えないだろうし。
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