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レースのカーテンの網目を潜り抜けた光、灰と藍の中間みたいな色合いの光が、シーツや枕、そして私の頬や髪の表面へ鈍く、しかし眩しく映じていた。
昨晩は、遮光カーテンを閉めずに眠った。うねる髪に手櫛を当てると、掌にひんやりとした感触が伝わってきた。
頭を少し持ち上げると見える壁かけ時計には、雀よりも小さくて丸い鳩と、文字盤。七時五十分。いつもより五十分遅れて目が覚めたということだ。上体を起こして、窓を半分だけ開ける。しとしとという音が近くなり、湿り気を帯びた風が滑り込んでくる。レースのカーテンが膨らみ、壁に吊るしたワンピースの裾が揺れ、モビールの魚がゆったりと宙を泳いだ。雨の匂いが寝起きの身体に巡るまでの間、しばらくボンヤリと風に撫でられる。
最後の一日は雨だった。
強くも、かといって弱くもない雨。
まあ、でも正直、どんな天気でも別によかった。晴れでも、曇りでも、雹でも、濃霧でも、台風でも、竜巻でも。本当に、どんな天気でも。
掛け布団から足を出して、立ち上がる。壁に掛かっているワンピースを手に取る。七分丈の、生成色の、直線縫いの、ギャザーもスリットも入っていない、シンプルなリネンのワンピース。魚が一匹、左胸の上に刺繍されている。なんの魚かはわからない。
汚してしまうのが怖くて、二年前の夏に買ってから一度も袖を通していなかった。パジャマを脱いで、下着の上からスッポリと被ってみる。
どうせ今日で最後なら、もし汚してしまっても気にならない。
ドアノブに手をかけ、思い直してベッドを綺麗に整え、そして廊下に出る。丁度、洗面所から出てきたスイと目が合った。彼女が先に口を開く。
「おはようございます」
「おはよ」
彼女は白いブラウスを身に付け、紺のパンツを履いていた。癖のないショートの黒髪は、きちんとセットされている。いつもと同じ。
ただ一つ、耳元に揺れるガラスのクラゲだけが、いつもは見られないものだった。
「ずっとケースの奥に仕舞っていたんですけど」
「そのピアス?」
「はい。シオさんのワンピースもそうですよね?」
「うん。最後だし、いいかなと思って」
「同じです」
彼女が頷くと、襟足の辺りからフワリと甘い香りが漂った。
ココナッツの匂い。
もう朝のシャワーを済ませたらしい。彼女は、出会った時からずっとココナッツの匂いのついたシャンプーを使っている。
朝食の準備をしに階下へ向かったスイと別れ、入れ替わりに洗面所の戸をくぐる。少し湿り気を帯びた空気と、やはりかすかなココナッツの匂い。ヘアターバンで髪をまとめる。入念に泡立てた石鹸で顔を洗い、フカフカのタオルで水を拭いながら鏡の中を見つめた。
別段、自分の顔についてどうこう思ったことはない。
けれど、いつだかスイはこの顔をきな粉ヨーグルトみたいと言った。それは確かに、と自分でも思う。甘いのか酸っぱいのか苦いのか、よく分からない。
鏡に映ったきな粉ヨーグルトを、意味もなくじっと見つめてみる。
わたし。
いつもと同じわたしが鏡の中にいる。
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