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１．藤原薬子の初恋
これはわたくしが５つの時。
異国の暦で申せば７８０年のこと。その朝は素晴らしく晴れて山の端に霞がたなびき、清々しい空気が庭に流れ込んでいた。
「お母様。お庭に梅のお花が咲いています」
「そう？ あまり長くいますと風邪を引いてしまいますよ」
室内の御簾の奥深くからお母様の声が聞こえた。
立春を向かえたとはいえまだまだ寒く、庭には雪が残っている。けれどもわたくしは雀の声に誘われたの。
その朝、わたくしは火桶に明々と炭が焚かれる暗い室を抜け出し、壁がわりに天井から床まで吊り下げられた、長く分厚い二重の布の隙間をめくってそっと外を覗きこむ。そうすると光のあふれる庭に紅白の梅の花が咲き綻ぶのがちらりと見えた。そしてまだ冷たい春先の風がぴゅうと室内に吹き込んだ。かじかむ手にふうと息を吹きかけるとほんのり暖かくなる。
若草山から吹き下ろすその風に梅の花の一つが吹き飛ばされてばらばらになり、ひらひらとその一枚がわたくしの手のひらに舞い落ちる。風はまだ冷たいけれど、朱に塗られた欄干の向う、手入れの行き届いた庭には春が始まっていて、思わず、わぁ、と声が漏れた。
きれいなお庭を歩きまわりたい、と思ったけれども今日は駄目。
今日はお客様がいらっしゃっている。
わたくしはもう１年もすれば７歳になって帯解きの儀式を迎える。今のすぽりと頭から着る服から帯を結ぶ服に衣装を変える子供から大人になる儀式。帯解きの後は一人前になって、男の人とは家族としか会えなくなってしまう。
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