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4
十二月、平日夕方。
週何度か、学校を終えた妹の智子がシロとともにやってくる。
だいたいその日は松岡も板野とともに家で飲み会がしたいとやってきて、四人での交流が深まった。
クリスマスパーティーしようと妹とシロが話すものだから、板野は予定外の仲の深まりに驚いた。
「智子は認めてなかったんじゃなかったのか?」
シロとの関係を話した日。妹は涙目になって家を飛び出した。
だが数日後、何事もなかったようにシロと二人で学校から板野宅に来た。
板野は気になったが、普段通り明るい妹に、普段通りに接し、今日まであえて触れずにいた。
「シロと仲良くしてくれるのは嬉しい。松岡とも仲良くなってくれるのもな」
俯いた妹を見て、松岡が言う。
「智子ちゃんはお兄ちゃんが本気で白井くんを好きで、白井くんも本気でお兄ちゃんが好きだから、自分より大切な人ができたって拗ねたんだよな」
「ち、ちょっと!松岡さん!」
「いいじゃん。お兄ちゃんは言わないとわからないだろ。白井くんは気づいてただろうけど」
「うん、あれから毎日学校で一緒過ごしてたしね。だから家に来ない?って誘った」
「白井くんまで…」
「俺だけかよ」
項垂れる板野にシロと松岡が笑う。
「智子、本当に認めてくれるのか?」
「認めるって言うより、見守るって感じかな。お兄ちゃんちにこうしてお邪魔して、本当なのか確かめたかったの。そしたら、変なオンナに捕まるよりか、白井くんならいいかなって思えてきた。ま、尽くしたいお兄ちゃんには愛され上手な白井くんがいいのかも」
「オレ、愛され上手なの?」
「ほっけない男子?無頓着男子?とにかくうざいぐらいなお兄ちゃんの世話焼き全部受け止められるのは、白井くんだけだよ」
「おい智子それ、褒めてんのか?」
「褒めてるよー!」
ニコニコ笑う妹を見て、兄は胸のつかえが少し取れた。
数日後の昼下がり。
松岡と板野は食堂でランチを食べていた。
「白井くんから連絡か?」
「ああ、弁当食べたって。なぜか空の弁当箱の写真送ってくるんだよな」
「ほんと楽しそうだよな。そんな板野の顔見てると、白井くんがいて正解だと思うよ」
「ありがとう」
「いいなあ。俺もクリスマス過ごす人が欲しい」
「俺の家にいつもの四人で集まるんだろ?」
「本当にいいのか?」
「いいぞ。妹もシロも、松岡さんもって言ってたろ?」
「そっか〜なら寂しいクリスマスにはならなさそうだ」
笑顔の松岡を見て、いい友達を持ったなと板野は思った。
松岡が思い出して、紙袋を取り出す。
「あ、そういやさ。朝、他会社の開発課の人との会議で、プリンもらったから、二人で食べろよ」
「いいのか?」
「みんなに配ったあまりだけどな」
「ありがたくいただくよ」
シロはプリンが好きだ。晩ご飯の後のデザートに喜ぶだろう。
板野はシロの笑顔を思い浮かべながら、その日定時で上がった。
外はすっかり暗くなっている。
駅前から歩いて、マンションが見えできたところで、真っ白でふわふわの頭をしたシロの背中がマンションに入って行くのが見えた。
追いかけて声をかけようかと板野が思ったその時。
シロの背中を電柱の影からじっと見ている怪しい男がいた。
電灯の灯が、サングラスにマスク姿の怪しい男の姿を映している。四十代のスレンダーな男性。白髪混じりのふわふわの髪はどこかで見たことがあるような気がするーが、そんなことよりも怪しい視線を向けている男性の背後にそろりそろりと板野は近づいた。
「白井健太に何か用ですか?」
怪しい男の後ろから板野は声をかけると、驚いて男は逃げようとした。
デリヘルをしていた時の陰湿な客か?
とっさに板野は腕を強く掴んだ。
「うわっ!!」
男は力が思ったより弱い。武器も持っていないのか、そのまま地べたに座り込んだ。
「警察呼びますね」
「いや、そ、それは…」
「お兄さん。待って!!」
シロが白い息を吐いて、板野と怪しい男の元にやってきた。
「シロ!こいつはシロを背後からずっと見てたんだぞ?!しかも声をかけたら逃げようとした!」
「そうだけど…」
「なぜこの怪しい男を庇うんだ!」
「お兄さん…その人、たぶん…オレの父親だと思う」
「はあ?!」
「け、健太?!」
板野の声と怪しい男が同時に声を出した。
「すみません。急に…」
シロの父と言うその人を板野は家に招いた。
板野の前には、シロの父が座っている。
シロは板野の隣で俯いていた。
とにかく話を聞かないと話が進まない。
「よかったら飲んでください」
板野は三人分お茶を入れた。
「ありがとうございます」
「シロ、寒かったろ。飲め」
十二月の夜は肌寒い。シロの肌が冷たいのは触れなくてもわかった。
シロは黙ったまま、ふうふうと息を吐いてお茶を飲んだ。
「本当に、あなたはシロの父親なんですか?」
確かにシロが老けたような見た目だ。癖毛の白髪混じりだけではない。整っている容姿もスレンダーな体格も似ている。
「…はい。小学ニ年ぶりで、よくわかったな。健太」
びくっと体が反応したものの、シロは俯いたままだ。
シロの父は少しまつ毛を落としたが、板野を見据えた。
「不審者まがいなことをしてすみませんでした。親類から元奥さんが亡くなったと聞いて、そこから、健太の学校を突き止めていたらここに辿り着きまして」
「なにか御用があったんですよね?」
「はい。ですが…その前に貴方はいったい?」
友達にしては年も離れている。見知らぬサラリーマンの家に息子がいるのは、おかしいだろう。
「シロ…いや、健太くんとは今年の夏に知り合って同居しています。板野智也と言います。仕事は、医薬品メーカーでサラリーマンをしています」
「同居?」
「はい。お父さんにはきちんとまた事情を説明しますが、保護者として健太くんを預かっています」
「なるほど…いや、健太の今までの生活は元奥さんが亡くなって親類から聞きました。あまり今の家族によくされていないと…助けていただいたのが板野さんだったというわけですね」
「そう…なりますね」
さすがに恋人だということはまだ伏せておかなければと思う。いきなり親に挨拶だなんてハードルが高すぎる。
「なら話す必要がありますね。私は十年ほど前、離婚しました。理由は事業に失敗して何億の借金をしたからです。二人にはとにかく、幸せになってくれ。そう思って今まで生きてきました。奥さんが亡くなったと聞いた時も迷惑をかけた手前、顔向けできないと思っていました。ただ、事情が変わりました」
「変わった?」
「私の命が残りわずかだと気づいたからです」
「え?」
板野より先にシロが声を出していた。
「不治の病です。今は通院しながら治療しています」
板野の頭が真っ白になった。きっとシロもそうだろう。目の前の人物はそんなふうには見えない。
「情に訴えていると、自分でもわかっています。ですが、今しか息子との向き合う時間がない。いや、向き合いたいと夢を見ている自分に気づいたんです」
「とう…さん」
はじめてシロが父を見て声を出した。父は涙目になりながら続けた。
「決して、いい父親とは言えません。許して欲しいとも思いません。だけど、このまま向き合わないで死にたくはありません。健太と健太を世話してくださってる板野さん…どうか向き合う時間を考えてくださいませんか?」
シロの父は頭を下げた。板野は慌てて頭を上げてくださいと言った。
「シロ、どうする?」
シロの目はあまりに急な出来事に戸惑っていた。かすかに手も震えている。
「…お兄さん」
シロは板野を見る。目が言葉にできないと訴えていた。
「お父さん、今すぐに返事言うのは、無理そうです」
「そ、それはもちろん!」
「また日を改めてもいいですか?」
「はい」
「これでいいか、シロ?」
シロは首を縦に振った。そしてゆっくり父を見た。
「父さん…」
「健太。驚かせてすまない。また日を改めるよ。これが私のスマホの電話番号です」
出した名刺の裏には手書きの番号が書いてあった。
シロの父を見送った板野がリビングに戻ると、シロは体育座りをして、父が座っていた場所をじっと見ていた。
十二月二十四日。
サラリーマンと男子高校生の二人暮らしにしては、かなり華やかな装飾が散りばめられた部屋になっていた。
「百均で装飾。ツリーを雑貨屋で買ったの!で、白井くんと飾り付けした〜!こんな楽しいの!お父さんやお母さんが生きてた以来かも」
妹が楽しそうに笑う。シロも隣でアヒル口が緩んでいた。
「智子とシロが楽しいならなによりだが、俺の名前の領収書はなんだ…?!」
「それがクリスマスプレゼントでいいからさ!」
「一万五千円も装飾って」
「ぐちぐち言わない!」
妹にやられっぱなしの兄を見てシロが珍しく声を出して笑った。
「楽しそうだねえ〜」
松岡が荷物を抱えてやってきた。板野だけでは気持ちを持ちきれなかったのだ。
「お兄ちゃん張り切って、いろいろ作るっていうから荷物多くてさー!車出しも楽じゃないね」
「金は出したろ?」
「素直に妹と白井くんのためだっていいなよ!」
松岡のツッコミに妹とシロが激しくうなづくの見て、板野は断じて言うものかと思った。
数時間後。準備を終えると、狭いリビングに四人が座った。
「かんぱーい!」
テレビを見て雑談をしながら、四人はパーティを始めた。
未成年はシャンメリー、大人はシャンパン。
テーブルには乗り切らないケーキやチキンだけじゃなく、コーンスープ、サラダ、ポテトフライなど板野の手料理が並んだ。
一時間後、大人二人と育ち盛りな二人ならば、気がつくと少なくなってしまう。
板野は満足そうにそれを見ていた。
「あ、そうだ!お兄ちゃん!言い忘れてたけど、私、松岡さんと付き合うことになったから」
「は?」
あまりに突然の妹の発言に板野は、頭が真っ白になる。
「…ごめん、板野。気がついたらこうなってた」
松岡の申し訳なさそうな言葉にじわじわと頭に血が昇っていくのがわかった。
「松岡、お前…!」
「お兄さん!怒るのは二人の話を聞いてからにしよう」
熱くなる板野を静止したのは、シロだった。
「…ね?」
シロの言葉に板野は言葉をなくす。二人は息をついた。
「智子ちゃん、だから板野にはこのタイミングじゃ…」
「いいの!さらっとこの場で言わなきゃ!しかも白井くんもいるこの場じゃなきゃ!」
任せたよと松岡は智子を見る。
「松岡さんには、お兄ちゃんと白井くんとのことですぐ整理がつかない気持ちを聞いてもらってたの。そのうち、いろいろ優しくしてくれて、好きになった。そりゃ年齢もあるけど、お兄ちゃんも白井くんと同じぐらい離れてるんだしいいっこなしだよ」
「でもくっつくには早すぎだろ?!」
「お兄ちゃんと白井くんだってそーじゃん!」
「ぐっ…」
板野は何も言い返せなかった。
「気がついたら好きになってたのは、白井くんもそうだって聞いた」
「シロ、お前智子から聞いて…」
「相談聞いてたから。おかげでオレと妹さんが付き合ってんじゃないかって学校で噂が立ったけどね」
「な、なんてこった…」
頭を抱える板野をシロは笑う。
「とにかく、お兄さんとオレが気がついたら必要な存在だったように松岡さんも妹さんも同じだってこと」
「うぐぐ…」
黙り込んだ板野に妹は満足気な顔だった。
「お兄ちゃんに紹介するなら文句言えない人じゃなきゃって思ってたからね」
板野は、松岡はいいやつだと友人として充分わかっている。
「話はわかった。でも松岡、智子を泣かせたら承知しないぞ!」
板野が松岡を睨みつけた。
「覚悟はできてるよ」
「シロのことを受け入れてくれたんだ。認めないと兄として立場がないからな…」
自分に言い聞かせるように言う板野をシロがじっと見る。
「お兄さんって本当、妹さん好きだよね。やけるな」
「いや…シロ…それは…」
恋人の言葉にたじろぐ兄を見て、妹は笑う。
「やっぱり白井くんに相談してよかった!お兄ちゃんをこんな風に振り回せたり、納得させられるのは、白井くんしかいないわ」
うんうんと大きくうなづく妹に板野は何故か悔しい気持ちになった。
「…だからクリスマスにこのメンバーだったんだな…してやられたよ」
妹とシロは顔を見合わせて、やったねと声に出した。
松岡はそれを楽しそうに見ていた。
数十分後。片付けを済ませて、ゲーム機で遊んでいる妹カップルに話をしはじめたのは、今度は兄カップルだった。
あたたかくて甘いココアふたつとコーヒー二つをトレーに乗せた板野は、二人の手を止めて話を切り出した。
「シロのことなんだが…」
「お兄さん、オレがいうよ」
「なに?あらたまって?」
妹が不思議そうに兄カップルを見る。
「実はオレ、この家を出て、父親と暮らすことになった」
「ええ?!」
驚く妹に松岡が冷静に言った。
「急になんでそんなことに?」
板野は事の顛末を話した。
「白井くんのお父さんが…」
両親を亡くしている妹は涙目になっていた。
松岡が背中をさするのを見て、二人が思いやっているのが悔しいが板野にはわかった。
「オレがこのままじゃいけないって思ったんだ。お兄さんは優しいし、オレのことを大事にしてくれる。でも、自分の家族をずっとオレは待ってたんだ」
「待ってた?」
松岡が聞く。
「家族が帰ってくること」
妹が伏せていた目を上げた。シロは続けて思いを伝える。
「父さんから離れて、母さんが亡くなって。一人になって彷徨ってた時、オレ拾ってくれたお兄さんは大事な人。でも、父さんが言ったように家族向き合わなきゃいけないのは今しかないって思った。そして、自分の中に昔みたいに三人でいた時をずっと望んでたことに気がついた」
「俺は…シロの気持ちを尊重することにした」
板野は決断をすべてシロに任せていた。
「家族が一緒にいることは大事だと私もすごく思うよ。でもお兄ちゃんは白井くんのお父さん信用できるの?」
「板野、それは俺も心配だよ」
「もちろん、心配ではある。だから、何かあったらすぐ駆けつけるし、相談にも乗る。特にシロとの関係が変わる訳じゃない」
「白井くんは大丈夫なの?」
「うん。この件に関しては全部オレの判断で決めた」
まっすぐな瞳でシロは前を見据えていた。
その表情に松岡も妹もようやく納得した。
「白井くんを応援するよ」
「私も応援するよ。白井くんに相談のってもらったんだもの。私が今度はお兄ちゃんより頼りになるからね!」
勢いよくシロの手を握った妹に兄はおいおい…と突っ込んだ。シロは嬉しそうに目を細めていた。
シロの学校が冬休みに入り、年明けはあっという間にやってきた。年末年始は四人で過ごしたり、板野はおじさんやおばさんの元に日帰りで帰省もした。
気がつくと、三ヶ日も最終日である。
この半年足らずで怒涛の展開だな。
板野は神社で手を合わせているシロを見ながら思った。
「何願ったんだ?」
「普通の幸せ捨てたお兄さんに、幸せになってほしいなって」
「なんだそれ?」
初詣の帰りにシロに聞いた答えに板野は首を傾げる。
「オレと出会ってから、お兄さん。めちゃくちゃ巻き込まれてるでしょ」
「怒涛の半年だったけど、普通の幸せを捨てたなんて思ってないよ」
「どうして?たまたま妹や友だちが理解してくれる人だっただけでこれからきっとたくさん偏見とかつらいことあるよ」
眉をハの字に曲げるシロの頭に板野は手を乗せた。
「それでも俺はシロのそばにいたい。俺はシロといることが普通の幸せなんだ。シロも同じじゃないか?」
シロは目を潤ませて、口をぐっとかんだ。
「お兄さん…」
「納得したか?」
「…うん」
「ならもうそんなことお参りするんじゃない」
「でももうひとつは叶わないかな?」
「なんだ?」
「お兄さんと最後までしたい…ってお願い」
潤んだ目でシロは板野をじっと見上げる。
板野はあれから過剰なスキンシップは、のらりくらりとかわしてきた。
年齢だけじゃない。妹の手前もある。板野は理性を失わないように息を吸う。
「もう明日には父さんちに行くんだし!」
シロの懇願する顔をあえて見ずに板野は言う。
「…何度かそれは聞いてはいたけどな」
「これからお泊まりなんて無理だし。お兄さんとの関係明かしたら余計に無理だよ」
「話すつもりなのか?!」
「話すつもりじゃなかったの?」
シロは当たり前のように言う。板野はいずれシロの父親に関係を話すつもりではいたが、シロも同じように思っていたとは思わなかった。
「そこまで考えてたのか…」
「お兄さんの真面目さを考えるとね。もちろんオレだって真面目に考えたよ」
「もちろん話すつもりだ。でも今すぐじゃない」
「…だとしてもだよ。できないじゃん」
「…待て。この話を白昼堂々するな」
板野の静止にシロはプイッと犬が機嫌を損ねるように明後日を見た。板野は頭を抱えるしかなかった。
二人が帰宅をすると、板野がコートを脱ぐ前にシロはジャンパーを早々と脱いだ。
そして、白いタートルネックとジーパン姿で板野に襲いかかってきた。
板野は勢いのまま、床に押し倒された。
「おい、急にくるなよ。頭打っただろ」
板野が頭をさすりながらシロを見るとシロは口をぐっと噛んだままだ。
「まだ機嫌が悪いのか」
「当たり前だよ。お兄さんのばか」
「そんなに俺としたいのか?」
シロはぶんぶんと頭を縦に振り、耳と尻尾をたてる。
「…後悔する俺の姿が見たいのか?」
「お兄さんがオレと最後までしたら後悔すると思って我慢してきた。でも、お兄さんと最後までしたい」
「なんでそこまでこだわるんだ?」
「お兄さんが好きだからだよ。好きだからしたいってお兄さんは思わないの?」
「…それは」
シロの真剣な言葉に板野はぐらついた。シロは間違ってなんかいない。板野も同じ気持ちだからだ。
「お兄さんはオレが高校生だから前みたくしなくて、身構えてるのはわかってる。でも好き同士なら犯罪じゃないと思う」
板野の背徳心がシロとの行為を避けている。だがシロの言葉も間違ってはいない。
黙ったままの板野にシロはまた訴えた。
「お兄さんはオレが好きじゃないの?」
心配しているシロの顔を見て板野は理性が崩壊しかけた。
「あーもう!」
板野はシロを見下ろすように体制をぐるりと反転させた。
「った!」
勢いが余りシロは頭を床にぶつけた。
「…俺の葛藤をわかれ」
それぐらい仕返ししてもいいはずだと板野はシロを見下ろす。
「わかってるよ。お兄さんがオレが大切だから我慢してるのぐらい。でも不安にもなる」
シロは未だ拗ねている。シロはこれからのことを考えると不安になっているかもしれない。でもそれは板野も同じだ。
「不安になるなよ。これから一緒に暮らせなくなるんだから」
「お兄さんは不安じゃないの?」
「不安だし、寂しい。ずっとシロにそばにいて欲しい」
「お兄さん…」
「くそっ…」
自分の目を背けていた気持ちと向き合うほど、恥ずかしいことはない。恥ずかしさをごまかすように板野はシロの口を塞いだ。そう来るとは思わなかったのか、シロは目を開けたままだった。
「シロの判断に間違いはない。正しい判断だ。納得して応援してる。でもどこかで離れて欲しくないとも思う。いつかまた同じように暮らすんだとも言わないけどそう思ったし、そうするつもりだ」
「それは、オレだって…」
一度自分の背けていた気持ちに向き合うと、理性は崩壊し、感情が溢れ出す。
「拾ってきた犬だったシロがきちんと人として、俺自身を受け入れてくれたことは俺だって嬉しい。妹のこともシロがいなきゃあんな風に冷静になれなかった」
「お兄さん…」
「自分だけが与えられてばかりだとシロは思ってるかもしれない。相変わらず世話を焼いているからな。でも与えられてるのは俺もなんだ。よし悪しな部分も含め自分を全部受け止めてくれる人に俺ははじめて出会えた。巻き込まれてても、嫌じゃないぐらいにな」
「…そんなの、初めて聞いた」
「俺だって、初めて声に出した。感情的になるとロクなこと言わないな」
苦笑する板野にシロは涙目になっていた。
「そんなことない。オレ嬉しいよ。好きってうまく言葉にできないし、してもらってばっかりでお兄さんいいのかなって思ってたから」
「話すのも悪くないかもな」
「大事だと思うよ?」
シロが今度は板野の唇に口付けした。
「…そっちか」
「どっちも」
シロはアヒル口を緩ませて、板野の首に手を回す。
「ベッドにいくか」
「…やっと誘ってくれた」
シロは嬉しそうに尻尾を振った。
理性が崩壊した板野は欲望に忠実だった。
シロと激しく口づけを交わした後、舌を絡めた。
白いタートルネックの下から胸元に向かって手を這わした。
「あっ…ああ」
シロの甘い声に呼応するように下腹部は傾きをあげて、熱を持った。
板野はベルトを外して、ボクサーパンツに指を突っ込んで何度も強く擦り上げた。
シロは今までにない激しい感覚に悶えていた。
「そんなに…ダメ」
目は互いに欲望の色を増し、熱気が生まれていた。
「ダメだったら、やめるけどいいのか?」
ふるふると顔を横に振る。
「本気で最後までするって、こういうことだぞ?」
「お兄さんがこんな風に優しくないなんて知らなかった」
「知り合ったばっかの流れでがっついてやれるほど、子供じゃない。でも、今は違う。理性より感情で動いてる…いやか?」
「やじゃない。だってずっとこうしたかったから」
シロは自らズボンとパンツを一気に脱ぎすて、うつ伏せになってから、尻を高く板野に突き出した。
「早く、ここにいれて…」
板野はごくっと唾を飲み込む。誘うのがうまいとは思っていたが、ここまでとは。
「…そうやって何人に突き出したんだ?」
ムッとして板野はシロに聞く。
「何回疑うの?確かに行為は初めてじゃないけど、強引だったし、自分からしたことないし、こんなに興奮なんてしてない。お兄さんだから、こんな風にしてる」
シロの目に嘘はなかった。
「…わかった。ならどうしたらいいんだ?一応男性のやり方は知ってはいるが、細かくは初めてだからわからない」
「そっか…いきなりここにいれるのはきついからジェルつけてから指入れて。あ、大丈夫。今朝風呂に入って、綺麗だから。指を少しずつ入れて?」
ベッドの下にあったジェルをまさか使う日がこようとはー板野はジェルを指先につけるとシロと繋がる部分に指先を入れた。
まだ固いそこを指で何度も突き入れる。
「…うっう」
「痛くないか」
「大丈夫、ゆっくり回して」
何度か言われるがまま繰り返すうち、シロのそこが柔らかくなって熱を持った。
広がっているそことシロの熱の塊は比例して高ぶっている。
「…あっああ…そこが気持ちいいから、そこに向かってお兄さんの、いれて」
シロの甘い誘惑に板野は上着のパーカーを脱ぎ、ベルトとズボンとパンツを一気に脱いだ。
板野は今にも張り詰めそうな熱の塊にスキンをつけ、こわごわシロとつながる部分に突き入れた。
「はああっ…!」
シロの吐いた息が声になった。板野もまだきついそこをゆっくりと推し進めた。
「だ、大丈夫か?」
女性相手なら加減は把握しているが、男性は初めてだ。快感任せにするにはリスクが怖すぎた。
「う、うん。早く激しく…して」
シロの両腰を掴んで、板野は激しく腰を揺らした。
パンパンと肌が当たる音とシロの中の感触がじわじわ伝わってきた。
今までの行為とは比にならないほどの快感が迫り上がってくる。
「ああっ…もっと、もっと」
「くっ…!」
シロに煽られるままに板野は強く腰を揺らした。
「ああ…いく…っ!」
顎を逸らしてぶるぶると身を震わせたシロは触られる間もなく吐精した。
ベッドカバーに飛散したのが板野の視界を捉えた。
「…健太」
数秒後、板野もぐぐっと注ぎ込むようにシロの中で吐精した。
板野はずるりと塊を出すと、シロは満足したように板野に抱きついてきた。
「元気だな」
「まだ若いからね」
「…おいおい」
「嬉しいから。お兄さんが本気でオレのこと思ってるって伝わってきた」
板野がシロを抱きしめ返すとシロはまた涙目になった。
「…こんな風に心から満たされることってあるんだね」
シロの経験はこんな風に誰かと心を通わせたわけじゃない。
板野は改めて心を通わせたのは、自分が初めての相手だとわかり、安堵した。
二人は余韻に浸った後、離れがたい気持ちを忘れるように長い時間、身も心も通わせあった。
翌朝、ふわふわの頭が板野の目の前にある。
板野は身体は疲れ果てているけど、心が晴れやかなのは初めてだった。
「ん…もう、朝?」
胸元で眠っていたシロが目を覚まして板野を見上げる。
板野はふわふわの前髪からおでこを見つけてキスをした。
幸せだと板野は心から思った。
ずっと欲しかった白い犬は、一生をかけてでも大切にしたい恋人になった。
「またいつか二人で暮らしたい…」
そう言った板野に、シロは「オレもだよ」と目を細めて、尻尾を振った。
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「ただいま、健太」
「おかえり。お兄さん」
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