空に浮かぶ地球を見上げて

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僕は、自分の身長と同じくらいの大きな岩をよじ登る。岩の上まで来たところでゆっくりと立ち上がり、首をもたげた。頭上には漆黒の夜空が広がり、数えきれないほどの星が瞬いていた。そんな中で、大きな青い半円の星が、ちょうど真上に位置していた。 それは、地球だ。僕が今いる月を衛星としている、太陽系の惑星だ。今日は「上弦の地球」だった。目を細めると、鮮やかな海の色がはっきりと見え、黒い空間の中でひときわ映えていた。僕はその光景に見惚れてしまう。 「そろそろ仕事が始まるぞ」 視線を下に向けると、そこに38号の姿があった。 「ちょっとだけ待ってよ。もう少し地球を見ていたいから」 僕がそう言うと、38号は腰に手を当てて、大きなため息をつく。 「また地球を眺めていたのか。62号は地球が好きだな。それだけ見ていて、よく飽きないよな」 彼の言葉に、僕は首を小さく縦に振る。 「飽きないよ。あれだけ美しいんだもの。それに、お迎えのロケットが来るかもしれないから、見ておきたいんだ」 「はは。そんなの見てても見てなくても一緒だろ」 「まあ、そうだけどさ」 僕が言うと、彼はにんまりとする。 僕たちロボットは、地球で、人間の手によって作られ、知識や感情を与えられた。そして、この月で労働をするために、ロケットに乗ってここへやってきたのだ。 そして、地球を旅立つ前に、人間は僕たちロボットにある約束をした。しばらくしたら月まで迎えに来る、と。 僕たちはその言葉を信じて、毎日せっせと働いていた。来る日も来る日も、鉄を溶かし、鋳型に入れて、組み合わせていく。まだ見ぬお迎えを待ちながら、ただひたすら同じ日々を繰り返すのだ。 「僕たちが作っている物は、何に使われるんだろうか」 僕の問いに、38号は首をひねる。 「さあ、何だろうな。作っているのが"へいき"という名称であることくらいしか分からないよ」 「ふうん。そっか」 「そんなことより、そろそろ作業場に行くぞ」 「うん。分かった」 僕は岩から飛びおりた。そして、38号と並んで工場の方へと歩き出す。 その時、工場の向こうから、大きな爆発音が聞こえた。しばらくして、円筒型のロケットが垂直に空へ飛んでいくのが見えた。 "へいき"を積んだロケットが、地球に向かうのだ。そのロケットはもちろん一方通行で、月に戻ってくることはない。 僕は歩きながら、ロケットが飛んでいく様子を眺める。白い機体からは大量の炎が噴き出され、どんどん速度を増していく。あっという間にその姿は小さくなり、まるで闇に溶けていくように見えなくなってしまった。 あのロケットに乗ることができたら良いのに。僕はそんなことを考える。あれに乗れば、僕が憧れる、あの美しい地球へとすぐに行くことができる。しかし、それが許されないことだということくらいは理解しており、そんな勇気が僕にないことも分かっていた。僕達が月にやってきて、もう七万二千五百三日となる。きっともうすぐ、人間は迎えに来るはずだ。 強い風が吹き、月面に砂煙が巻き上がる。凍てつくような風が体を撫でたあと、細かい砂が全身にまとわりついた。僕は上半身についた砂を手で払いながら、ロケットが消えた空に視線をやる。吸い込まれそうな暗闇の中で、半円の地球が変わらず青く輝いていた。
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