1・洞木清孝の隠し事

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1・洞木清孝の隠し事

 俺には隠し事がある。  俺には隠し事がある。  ソレを隠そうと決めたのは、初めて家に友達を招いた小学生の時のことだった。喜び勇んで友達を通した俺の部屋のベッドには、一枚のボロボロになったタオルケットが置いてあった。俺にとってみれば至って日常の光景だったのだが、その時友達に言われた一言が、その後の人生を大きく変えることとなる。 「うつぎ、ペットでも飼ってんの?」 「飼ってないよ? なんで?」 「ベッドの上に汚い布置いてあるから、ペットの寝床にしてんのかなって。え、じゃあこの布ナニ、キモい! 早く捨てなよ」  キモい? 捨てる? 何を言っているんだ?  そのタオルケットは何度も洗濯をして、繊維の隅々まで洗剤の匂いと干した太陽の匂い、そして俺の身体の匂いが染み込んだ宝物だった。そのタオルケットの匂いを嗅いでいれば、一人でも寂しくならずに眠ることができるとっておきの秘密兵器、ライナスの毛布。  俺は子供ながらに愕然としたのを覚えている。だがその友達に食ってかかることは出来なかった。もしかすると俺が知らないだけで、ソレは普通のことじゃないのかもしれない。  俺はそのタオルケットを慌てて友達の目から隠した。「あ、いや、母さんが掃除した時置き忘れたのかも」なんて言い訳をしながら。  そうか。ソレは他人に見せちゃいけないのか。その時から俺の宝物は、自分以外の人目の触れない場所へと仕舞われた。  ライナスの毛布は卒業したものの、俺の匂いへの執着は成長するにつれ特定のものに対して向けられるようになっていった。食べ物や花などの香りにはそれほど執着しないのに、なぜか人が持つ肌の匂い、香水や制汗剤など付けていない、純粋な身体の匂いに興奮を覚えるようになったのだ。  特に、襟足に隠れて普段は見えない耳の後ろからうなじにかけてのラインが目に入ると、衝動的に鼻を擦り付けたくなってしまう。好みのうなじならば性別構わず、だ。  決定打は高校生の時。顔も体型も順調に仕上がっていた俺は、何人かの女子からの告白ののち、うなじの綺麗な隣のクラスの女子と付き合うことにした。その彼女とめでたく初体験となりかけた時のこと。 『うなじの匂いを堂々と嗅げるんだ』  浮ついていたのもあった。そういう関係になったんだからと気が大きくなっていた部分もあった。  俺は初体験のあれこれをすっ飛ばし、キスやら愛撫やらを全部スルーして、ひたすらうなじの匂いを嗅ぎまくったのだ。  案の定、彼女にはこっぴどく振られ、しかもクラス中に俺の性癖をバラされた。言い寄っていた女子は波を引くようにいなくなり、男子にはイケメンのくせに変態って勇気湧くわと励まされ。  以来、俺は今日までソレを隠して生きてきたのだ。
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