57・フライト七時間への決意

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57・フライト七時間への決意

 外回りの仕事を終えた後、俺は少し足を伸ばして空港のショッピングモールへ立ち寄った。  レザーのバインダーケースに同じブランドのボールペンを添えてラッピングをしてもらうと、テイクアウトのコーヒーを買って展望デッキに出た。  風が気持ち良い。  ベンチでコーヒーを飲みながらスマホを立ち上げ、予約サイトで金曜日/二名/ラグジュアリー/海側/スーペリアツイン/ディナー/朝食/と、思いつく限りの条件を指定していく。  何件かヒットした中でカヲルさんの好きそうなホテルを予約すると、大きく息を吐いてフェンスの先に目を向けた。  大小さまざまな飛行機が行き交っている。あの中にシンガポール行きの飛行機もあるはずだ。出発ロビーで見かけた電光掲示板には、日本→シンガポールの所要時間はおよそ七時間とあった。  飛行機で七時間かかる距離を埋めるだけの力が、俺にはあるんだろうか。いや、無いならその力を身に付けるしかない。  弱音を吐くばかりの俺なんて、今度こそ愛想を尽かされるだろう。あの人に見合うような大人の男にならないと。  俺はスマホのメッセージアプリをタップした。 『カヲルさん、仕事が終わったら少し話せませんか?』  会社に戻って残りの仕事を片付けている時にピコン、とスマホの通知音が鳴った。なんと前に俺が送ったお茶ドーゾのスタンプをカヲルさんも使ってくれているではないか。 (あーもう! 日和っちゃいそう……) 『どうかしましたか?』 『詳しくは後で話します。あと、来週の誕生日のことも』  待ち合わせ場所と時間を決めて、アプリを閉じた。ちょうどその時、「洞木さん、開発部の八代課長がお見えです」と内線が入った。  俺は八代さんの待つ一階に降りた。俺に気付いて手を挙げた八代さんに、会釈をしながら駆け寄る。 「わざわざ来ていただいてすみません」 「こっちこそ、さっきは急な話で悪かったな」 「いえ。前にチラッと伺った時から考えさせてもらってましたから」 「それなら良かった。で、早速だがお前はどうしたい?」 「はい。もし俺で役に立てるのなら、ぜひ」 「そうか」  八代さんは嬉しそうに俺の肩を叩いた。 「さっきの会食で決まったことを話すよ」  海外担当の部署をもっと細分化してすみずみまで目を行き届かせたい、というのが社長の目論見だそうだ。八代さんは完全に異動して、アジアを中心とした海外事業に携わる。アジア圏は予想外のことが多い。フットワークが軽く臨機応変に動ける人材ということで、八代さんは俺を推してくれたんだそうだ。  シンガポールでは、すでに八代さんが基盤を作ってくれている。日本と行ったり来たりしながら、まずは二年、八代さんに付いて新規営業ルートの開拓や工場の増設なんかを目指す。目標数字も既に出ていて、他部署からの期待も高いそうだ。  やるなら必ず結果を出したい、と思った。ここで結果を出せたら、カヲルさんに自信を持って言えそうな気がする。  これからもずっと、俺の傍にいてほしいと。
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