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64・俺の一番の光は、貴方です
「確かに江坂先生からドイツに行かないかと誘われました。でも私はこの会社でやりたいことが沢山あるので」
ホテルのレストランで夕食を摂りながら、ミーティングであった出来事(牽制された件については伏せた。俺の小さなプライドだ)を伝えると、カヲルさんは少し驚いた顔をしていた。
「洞木君の名前を出した事はなかったんですが……洞木君からのメッセージや送られてくる資料を見ていると、離れていても繋がっているという気持ちになるので、嬉しくてつい顔に出ていたかもしれません」
「うわ、今日一番のご褒美ですありがとうございます俺休日出勤頑張って良かった!」
落ち着いて下さい? カヲルさんに諭され、慌てて前のめりの姿勢を元に戻す。
ひと口ワインを飲むと、カヲルさんは話を続けた。
「洞木君の人となりに触れるようになってから、私の研究が匂いや手触り、使い心地を求めている人の元に届いてくれたらいいな、と心から思うようになったんです。誰かの癒しや助けになる研究をしたい、と」
そう言い切るカヲルさんの笑顔は、初めて会った時の他人を寄せ付けない強張ったものとは違っていた。
(貴方こそが俺の癒しです)
赤ワインがゆっくりとカヲルさんの喉を通っていく様をドキドキしながら見守り、コトリとテーブルクロスの上に置かれるのを待つ。
グラスを持つカヲルさんの手に、俺はそっと自分の手を重ねる。ぴくりと反応した指先には、もう以前のような冷たさはなかった。
食事を終え部屋に戻った俺達は、窓際のチェアセットに向かい合わせで座った。バースデー特典のシャンパンが届けられていて、カヲルさんは珍しくはしゃいでいる。夜景に様変わりした窓の外では、沢山の光が煌めいていて……カヲルさんが一番綺麗だけど。
シャンパンをしばらく楽しんだ後、俺は用意しておいた誕生日プレゼントの紙袋を渡した。
「これ、使ってくれますか?」
カヲルさんの手に渡った包みが、綺麗な指先で丁寧に剝がされていく。その手つきを見ているだけで、俺の方がぞくぞくしてくる。大切な人に隠し事を暴かれる快感に目覚めてしまったかもしれない。
「バインダーケース。欲しいと思っていたんです。仕事で大事な資料を纏めるものがなくて。どうして分かったんですか?」
ボールペンも、とても書きやすいです。
そう言いながら、カヲルさんはホテルに備え付けのメモ帳に試し書きをしている。その横顔に俺は思わず見入った。
「洞木君、本当にありがとうございます」
「気に入ってくれて良かったです」
カヲルさんの顔を思い浮かべながらプレゼントを探す時間は、とても楽しかった。
「俺も同じです。こんなに誰かの事を好きになれるなんて、俺も誰かを好きになっていいんだって。改めて、誕生日おめでとうございます、これからもよろしくお願いします」
「こちらこそ、これからもよろしくお願いします」
俺はカヲルさんの傍らに立ち、身をかがめた。俺を見上げたカヲルさんは何も言わずに目を閉じた。
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