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第3話 「殺して殺して殺し尽くしてやるぞー！」
それから一月経った。僕はすっかり居候のような形になって、酒場に住み着いている。酒場といっても六十億人の死者が出ている状況下で通常営業ができるはずもなく、清掃くらいしかすることがない日々だが。
六十億人。
死者は、あれから十五億人も増えたらしい。
「晴太、ヘンリのお使い、手伝ってやってくれ」
棚に綺麗に整列している一升瓶を手に取りながら、ガラドさんが言う。
「え、僕、外に出ても？」
「良かねえが、だいぶ落ち着いてきたみたいだしな。そろそろ店も開けなきゃならねえ」
「店開けるんですか？」
「ああ、だからお使い。頼んだぜ」
「はい！」
心なしか嬉しそうな顔をするガラドさん。
「それと、外に出るときはこれを被れ」
ほれ、と一升瓶の一つ下の棚から、丸く成型された黒い布地を取り出した。
「帽子？」
「気休め程度のもんだが、ないよりましだ」
「はあ」
軽い変装、ということだろうか。真意は気になったが、待ち人がいるようだから、とりあえずは受け取った。
「では行ってきます」
「ああ、気を付けてな、魔物にも人にも」
「……はい」
つくづくおかしな世界だと思いつつ、一足先に出た彼女の後を追うように、裏戸を開いた。この扉を開くのも一ヶ月ぶりのことである。
「あ」
「遅いよ、晴太くん」
「…………うん、ごめん」
ヘンリ。
ヘンリ＝ガルドロメア。つばの広い麦わら帽子の中から、長い赤髪の奥から、俯いて右目だけを覗かせている彼女の名である。
「どこに行くの？」
「ガラドから聞いてるでしょ」
「お使いとは聞いたけど」
「うん、だからさ、お使いっていったらあれしかないじゃない」
「あれ？」
えらく上機嫌な彼女。初めに比べれば、ずいぶんと物腰が柔らかくなった気がする。
「あれといったらもちろん、魔物退治でしょうが！」
ビシッと。そんな効果音が聞こえてきそうな勢いで、彼女は天高く指を突き上げた。
「…………マジ？」
「マジです」
「でも僕、戦えないよ？」
「は？ なにそれ？ あなた、チートとか持ってないんです？」
「わ、分かんないけど。転生者にチートがあるんだったら、人類は滅亡してない、と思うし」
「使えないなあ。使えないくせに正論だけ吐きやがって、そんなんだから選挙に行かないくせに政治に文句言っちゃうんだよ」
「かわいい顔して風刺的なことを言うな！」
色々危なっかしい奴だと思いながら、すたこらと路地を抜ける彼女についていく。でもこれ、魔物のところに向かっているんだよなあ。そう考えると、気が乗らない。
「まあ大丈夫だよ、あたし結構強いし。だから晴太君は見学」
「それは助かる。けど、そのなりで案外武闘派なわけ？」
「んなわけ。魔法に決まってんじゃん」
「ふーん」
まあ、魔法くらいあって当然なのかもしれない。
「じゃあ、そのなりで案外賢いわけ？ 大賢者なわけ？」
「いやいや。魔法なんてバカでもだせるよ」
「マジ⁉ じゃあ、教室に現れたテロリストを魔法で撃退してモテモテになるっていう僕の妄想が、ついに現実になるってことじゃん！」
「…………キミの世界でいうところの教室とかテロリストっていう単語が何なのかは分からないけれど、キミの表情を見るにその妄想が下らないってことはよく分かるよ」
「うるせー」
「それと、」
僕の方に向きなおして言う。
「晴太君はムリだよ。マナを微塵も感じない」
「そ、そんな」
「たぶん、転生者はみんなそう。だからきっと、耳無しと区別が付いちゃうんだ」
「耳無し？」
「……………………何でもない」
そう言うと、彼女は深い麦わら帽子をさらに深く被り直して、前髪を弄った。しばしの無言。いかにも始まりの町といった風合いの町を抜け、いかにも始まりの草原といった風合いの平野に出る。ここが夢に見たハイラル平原か、とか思っていると、
「よっしゃー！ 虐殺じゃあ！ 殺して殺して殺し尽くしてやるぞー！」
「お前、そんな大魔王みたいなキャラだったっけ」
「あたしはちょっぴり人見知りなだけで基本うるさいんだよ、そういう面倒くさい人間なんだよ」
「調子の良いこった」
「あと、キャラとか勝手に決めないでよ。そんな風に決めつけてばかりいるから自分探しの旅にでて迷子になっちゃうんだよ」
「お前も決めつけてるけどな」
それもひどい決めつけだ。そんなことを言っている間に、彼女は既に五体のゴブリンを倒していた。彼女の突き出した右手がぴかぴかーと赤白く発光したかと思うと、次の瞬間にはもうゴブリン達がぐええと悲鳴をあげて倒れている。……なんだか、こんなことを言ってしまうのも野暮だけれど、結構地味である。詠唱とか期待してたのに！ 全然エクスプロージョン味感じない！ 全然黒より黒くない！
「なんだ、これ」
「お使いメモ。適当に倒してるから、終わったら言ってね」
「ん、ああ」
生返事をしながら渡された紙切れに目を移す。
ゴブリン…………三百
オーク…………百五十
スライム…………二百
リザードマン…………五十
「こ、これ全部倒すのか⁉ レベルカンストして始まりの町で最強になっちゃうぜ」
「あっははは！ 何言ってんのか全くわかんなーい！」
縦横無尽に駆け、ゴブリンの山を築きながら笑う彼女。めちゃめちゃ強いじゃん……。路地裏での身のこなしも納得であった。
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