第5話 「その、ありがと」

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第5話 「その、ありがと」

「ガラドさんっ、な、なんでっ⁉」  火の海と化した平原。未だ土が緑を保っているのは彼の半径五メートルくらいである。その円周内に収まっていた僕は、肌触りが良さそうな毛むくじゃらの背中に疑問を投げる。 「なあに、ストーカーは俺の趣味だ。それが若い男女なら尚良し」 「つ、付けてたのかよ……」 「ガッハハハハハハ」 「でも、どうやって火を」 「あ、言ってなかったけか? 剣聖っつって……、うん、まあ一言でいやあ作中最強ジジイっつうことだ」  本当に一言で言ったな……。一升瓶を肩に担ぎながら豪快に笑う作中最強さん。にわかには信じられないが、店にあった一升瓶を一振りしただけで炎を搔き消したらしい。もはや強いとかそういう次元ではない気がするが。どんな技術だよ。 「それよりお前ら、いつまで抱き合ってんだ?」 「え?」  言われて、初めて僕の頬にかかる熱い吐息に気付いた。恐る恐る首を横に向けると、思いっきり体を委縮させて下を向くヘンリの姿があった。僕の両腕は彼女の背中まで回っていて、彼女を力強く固めている。 「うわああ、ご、ごめんっ!」  慌てて飛び跳ねる。 「い、いい。あたしを守ろうとしてくれたんでしょ、……その、ありがと」 「いや、そのっ! どっ、どおいたしまして」  …………無言。無言無言無言。なに普通に照れてるんだよてめえ。さっきまでの大魔王っぷりはどこいった。正統派ヒロインしてんじゃねえ。 「カアアア! ()い、初いじゃねえか! ジジイにはたまらん! お前ら、顔真っ赤だぜ?」 「「う、うっせージジイ!」」  二人して近くの小石を投げつけたが、ガラドさんは笑いながら一升瓶で叩き落した。まるで隙がない。 「さて、帰るぞ、若人達」  一升瓶をでたらめに振り回して火をあっという間に消火していくガラドさん。いやいや、僕たちは絶賛殺されかけているのではなかったか。頭上には巨大な黒影が我が物顔で空を飛び回っている。マジでカッコ良い。 「でもあの竜は」 「アイツは寝起きなだけだ。お前らに敵意があるんじゃねえよ」 「ね、寝起き⁉」  まるで欠伸でもするように火を噴いた彼は、実のところ本当に欠伸をしただけらしい。あの竜雲は、言ってしまえばただの寝床だったのだ。  そんな何のカタルシスもない種明かしを終えて、僕の冒険は、命の危機は事なきを得た。彼女が必死に積み上げたゴブリンの山は灰になってしまったから、後日、僕らは再度あの平原に赴き、そしてガラドさんはそんな僕らをストーカーし……。まあとにかく日々は慌ただしく過ぎていき、二週間後にはなんとか店を開く算段がついた。  それと、転生者の死者数は七十五億人で打ち止めとのことだった。異世界に出現する転生者は遂に居なくなり、謎の騒動は終結した。人類の完全敗北である。転生者はマナを持たないことから、【マナ無し】として区別され、逃亡中の【マナ無し】は、発見次第奴隷として王都に順次輸送されることになったそうだ。  この状況を鑑みるに、まず間違いなく、一切の例外なく、人類は全員異世界に転生している。僕にはトラックに轢かれたという記憶があるけれど、まさか七十六億人全員が同時にトラックに轢かれたわけではあるまい。一体元の世界で、なにが起こっていたのか。今となっては真実など分かりようもない。……と、思っていた。このときは、まだ。
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