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第7話 「僕が、君を守るから」
僕と彼女は溝鼠になった、あの男が言っていたように。
帰る場所を失くし、誰にも頼れない僕らは泥棒紛いのことを繰り返し、希望のない日々を送った。あれから何日かして、店に戻ったことがある。机や丸椅子は既に撤去されていたが、戸棚の酒瓶はまちまちに残っていて、それらを漁っているときに一つの紙切れが見つかった。いつの日か、ガラドさんが僕のために編んだ帽子を置いていた棚だった。
『ヘンリ、晴太へ。
俺はどうやら、人損ないと転生者を保護した大罪人として王都の牢に入れられるらしい。抵抗できないわけじゃない。なんたって、俺は最強だからな。友人に寝起きが最悪な奴がいるんだ。その気になれば、ソイツに跨って国を滅ぼすことだってできる。
しかしまあ、罪人がじたばたすんのもみっともねえ。だが、勘違いするな。
俺の罪はお前らを保護したことじゃない。お前らを傷つけたことだ。
ヘンリ、頬はまだ痛むかい？ 本当にすまなかった。
俺はこの世界に立ち向かおうとしなかった。その点晴太は違ったらしい。お前がアイツをぶっ飛ばしたとき、俺は最高に気分が良かったぜ。
最後に一つ。
ヘンリ、強く生きろ。
晴太、ヘンリを任せる。
お前らには迷惑をかける。俺を恨むかもしれない。しかし、俺の気持ちが変わることはない。
心から愛している。
最強より』
その日から、彼女は泣かなくなった。そして、笑うこともなくなった。
一ヶ月目。路地裏が僕らの住処になった。力の弱いエルフの店を狙って強盗をしていたが、そのことがばれると、彼女はそれを意地でも口にしなかった。次第にゴミを漁るようになった。彼女はみるみる痩せていった。
二ヶ月目。【耳無し】のスラムを見つけた。そこには転生者もいた。【耳無し】も、白人も、黒人も、皆が共存している。そこに差別なんてなかった。しかし、彼らは弱者ではあったが、善人ではなかった。僕がゴミ漁りから帰ってきたら、ヘンリの身体に大きな痣ができていた時があった。食糧を奪われそうになり、必死に守ってくれたそうだ。歩くこともままならない彼女を抱えて、スラムを後にした。
三ヶ月目。魔物のあまりいない草原へと逃れた。果実や魔物の肉を食べながら生活した。人がいない方が、幾らか彼女の表情も柔らかい。しかし、何度かオークの群れに襲われることがあった。身の危険を感じた僕らは路地裏に逃げた。
四ヶ月目。空腹は留まることを知らない。彼女は夜になると、さめざめと泣くようになった。長い間泣かないようにしていたからか、一度溢れてしまった日には、とことん弱くなった。僕はその度に彼女を強く抱きしめた。こんなとき、なんて声をかけてやればいいのだろう。ごめん、というのが正しいのかもしれない。あの日、僕が男を殴らなければ、ガラドさんが逮捕されることも、僕らが居場所を失くすこともなかっただろう。彼女は頬の痛みを我慢して、また少ししたら裏口から戻ってくる。それで良かったのではないか。僕が彼女達の全てを破壊してしまったのではないか。
でも、でもそれじゃあ、一体誰があの男を殴るのだ。僕は声を振り絞って応えた。
「僕が、君を守るから。絶対、絶対離さない」
五ヶ月目。田舎では食糧が入手できず、放浪を続ける内に、いつしか王都に辿り着いた。王都ニネヴェ。あの高い城壁の向こうにはガラドさんがいる。そう思うと、王城の警備兵達は皆、憎むべき仇敵に思えた。
いつまで続くか分からない生き地獄は、しかし突然終わりを迎えた。放浪生活も半年になろうかというある夜、泥のように眠っていた僕らは、けたたましい爆発音によって目覚めた。路地裏から高台に上り、王都の方を見た僕らは絶句する。
巨大なんてものじゃなかった。東京ドーム何個分、なんて比喩はいよいよバカらしい。無理に例えるなら、東京から名古屋間、とか？ ……自分で言ってアホらしくなる。それと、自分のアホっぷりをもう一つ自白すると、今は夜ではなかった。しかし、その超巨大宇宙戦艦が一国全土に影を落としていた以上、夜だと誤解するのも仕方ないことであった。異世界の住人の腰を余さず抜かしたその超巨大宇宙戦艦は、空飛ぶ大陸は、たった一度の砲撃で王城を壊滅させ、おそらくは異世界全土に響いたであろう音量でこう告げた。
「M―3653星ニ告グ。ボク、……ゴホンッ、ワレワレハ、宇宙人ダ」
…………既に王道異世界ファンタジーなんてものからは著しく懸け離れていたことは自負するが、こうなるともうSFの世界に片足を突っ込んでいた。
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