第1章 魔法使いと花火大会の夜

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 鉄塔に向かう茶色い猫っ毛の後頭部を、花火の光が照らす。こんなにまじまじと彼を見ることができるのも今夜だからこそ。  高1で同じクラスの彼はよくモテる。ファンクラブもあるとかないとか。  普通は、花火大会なんて一緒に来られないだろう。  なのに今日なぜ一緒にいるのか。ひとえに家族の影響が大きい。    私の父は魔法使いだ。  ぱっと見は普通の会社勤めのお腹が出てるおじさん。悔しいことに空を飛ぶ技術だけはどうやっても勝てない。  今乗ってる空飛ぶ絨毯も積載人数4名だから、キープするのが難しそうなのに、酔っ払っても涼しい顔だ。  その父親が私の高校の入学式で、香川君のお母さんも魔法使いだと気づいた。2人は意気投合し、家族ぐるみの付き合いが始まって、今日の花火大会も一緒に来られることになった。  香川君と飛ぶのはこれがはじめて。  しかも花火大会とか、シチュエーション最高じゃない?  そこはグッジョブ父、と褒めておこう。心の中で。  親たちは空飛ぶ絨毯で宴会中。  花火も見てるんだろうけど、絨毯には屋台で調達した焼きそば、たこ焼き、フライドポテト、いか焼き、うちの母が握ったおにぎりなどなどが広がっていて、地上でレジャーシート広げてる家族と何も変わらない。  先月古い本で空間魔法を習得した父が、我が家の冷蔵庫からキンッキンに冷えたビールの缶を次々出すもんだから大人たちはご機嫌で飲みまくっている。  母は「魔法を極めるより会社で昇進してほしい」と言っていたが今はごきげん顔だ。たぶんお酒が進んでいるんだろう。  絨毯独特の浮遊感で酔いも回っているんじゃないかな。あのオリエンタルな柄は気に入っているんだから汚さないでほしい。  なんて考えてたら箒のバランスが崩れた。 「おっと」 「大丈夫?」  香川君が振り返り、かざした手から魔法でサポートしてくれた。私のまわりをキラキラした粒子が飛び回る。ホントは自力でどうにかできたけど、レモンみたいな香りの飛行魔法にふわんと包まれるのは悪くない……ううん、かなり、いい。  抱きしめられて守られたみたい。ドキドキする。  私は乱れた髪を耳にかけた。頬が少し熱い。 「あはは、恥ずかしいな、最近飛んでなかったから。香川君は?」 「俺も機会がなくて。でも毎日部活やってるからかな、体幹とか筋力でカバーしてる気もしてる。今日はすぐ箒に馴染(なじ)んだよ」 「いいなぁ。私たまにびっくりすると透明魔法も危うい時あるよ」  口を尖らせると香川君は微笑んだ。花火の光がまともに目に入り、「まぶしっ」と顔をくしゃっとさせて笑う。  うーん、かっこいい。  魔法使いって共通点がなかったら、こんなふうに2人で話せないだろう。学校では常に周りのクラスメイトの目と耳があるし、女子から間違いなく嫉妬される。  その点、夏の夜空はいい。2人きりにしてくれる。魔法使いでよかった、と心から思う。 「このへんがきっと正面だ。あと10分でミュージックスターマインが始まるよ」  私たちは鉄塔の前で空中停止(ホバリング)した。地上でいう有料観覧エリアだ。確かに、ここからなら花火が一層綺麗に見える。 「でもよかった、漆原(うるしばら)さんが同じ学校で」  どういう意味だろう、と一瞬考えてすぐ納得する。 「"同じ魔法使いの"漆原さんが」という意味だ、きっと。浮かれて勘違いしちゃダメだぞ、私。 「今どき同じ魔法使いと会うなんてレアだもんね」と動揺を抑えて相づちを打つ。
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