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玄関を開けた時に香る暖かな夕餉のにおいと、華奢な体躯を抱き寄せた時、結葉自身から仄かに薫る甘やかな芳香。
それは彼女が使っていたボディソープやシャンプー由来のものだったのかもしれないけれど、偉央は結葉から立ち昇る、女性らしいその香りが大好きだった。
本来ならば、偉央自身、家事をするのは嫌いではなかったはずだ。
なのにどうだろう。
――家に結葉がいない。
ただそれだけのことで、こんなにも何もする気になれなくなるなんて、思いもしなかった。
結葉が望んだように、子供でももうけておけば、良かったのだろうか。
〝子は鎹〟とよく言うけれど、もしかしたら子供を作っていれば、足枷なんかより強力な枷になって、偉央の元へ結葉を繋ぎとめてくれたんじゃないかと、今更のように思ってしまう。
愛する女性との二人きりの生活を乱されるのが嫌で、結葉からの〝子供が欲しい〟という願いを、再三に渡って無下にし続けてきた偉央だったけれど。
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