32.偉央の泣き言と結葉の内緒ごと

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 玄関を開けた時に香る暖かな夕餉(ゆうげ)のにおいと、華奢な体躯を抱き寄せた時、結葉(ゆいは)自身から仄かに薫る甘やかな芳香。  それは彼女が使っていたボディソープやシャンプー由来のものだったのかもしれないけれど、偉央(いお)結葉(ゆいは)から立ち昇る、女性らしいその香りが大好きだった。  本来ならば、偉央(いお)自身、家事をするのは嫌いではなかったはずだ。  なのにどうだろう。  ――家に結葉(ゆいは)がいない。  ただそれだけのことで、こんなにも何もする気になれなくなるなんて、思いもしなかった。  結葉(ゆいは)が望んだように、子供でももうけておけば、良かったのだろうか。  〝子は(かすがい)〟とよく言うけれど、もしかしたら子供を作っていれば、足枷なんかより強力な(かせ)になって、偉央(いお)の元へ結葉(ゆいは)を繋ぎとめてくれたんじゃないかと、今更のように思ってしまう。  愛する女性との二人きりの生活を乱されるのが嫌で、結葉(ゆいは)からの〝子供が欲しい〟という願いを、再三に渡って無下にし続けてきた偉央(いお)だったけれど。
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