32.偉央の泣き言と結葉の内緒ごと

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***  偉央(いお)からの書類を(そう)から手渡されたあの夜。  結局結葉(ゆいは)は、自分宛の手紙だけ、どうしても開封することが出来なかった。 (何が……書いてあるの?)  そう思ったら、怖くて封を切れなくて。  (そう)が、あの手紙だけ「結葉(ゆいは)宛だから」と未開封のままにしてくれていたことも(あだ)になってしまっていた。  その手紙を、昨夜結葉(ゆいは)は、意を決してやっと開封して中身を取り出してみたのだけれど――。  薄い色合いの灰色で罫線だけが引かれた、飾り気のないA4サイズの便箋(びんせん)に、たった二行。  ――ごめんね、結葉(ゆいは)。  ――許されるなら、もう一度だけ、君の手料理が食べたかった。  それは、手紙と呼ぶには余りにも短い文章だった。  偉央(いお)は、その端正(たんせい)な見た目に似合った、美しい文字を書く男だ。  そうして、文字の大きさはどちらかというと控えめで、筆圧もそんなに高くない。  そんななので、広い紙面の中、その二文はとても(はかな)げに見えて。    薄手の紙面のところどころが丸く波打っているのに気付いた結葉(ゆいは)は、思わずそこを指先でなぞった。  そのことに重きを置いてもう一度よく見てみたら、書かれた文字の最後の句点「。」(一文字)の端っこが、ほんの少し滲んでぼやけていて。 「涙……?」  そうとしか思えなかった。
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