34.出て来ない結葉

10/28

735人が本棚に入れています
本棚に追加
/848ページ
 そこで信号が青になって。  (そう)は一旦思考を引き上げると車を発進させた。 *** 「やっぱり結葉(ゆいは)の手料理は優しい味がして美味しいね」  ベッド横。  ドレッサーの椅子を持ってきて、気持ち夫から距離をあけるようにして腰掛けた結葉(ゆいは)に、偉央(いお)が静かな声音でそっと話し掛けてくる。 (相変わらず偉央(いお)さんは上品な食べ方をなさるな)  そんなことを思いながらぼんやり偉央(いお)を見詰めていた結葉(ゆいは)は、偉央(いお)に淡く微笑みかけられてドキッとしてしまった。  結葉(ゆいは)は、偉央(いお)の箸を持つ手指のスッと長くて、その所作が美しいところが大好きだった。  結婚前、結葉(ゆいは)は見合いの席で偉央(いお)が食事をする光景を見るとはなしに眺めて、〝この人となら、毎日三食一緒にご飯を食べてもきっと不快な気持ちにはならないだろうな〟と思ったのを鮮明に覚えている。  結婚してからここ数年は、食事の時すら偉央(いお)の顔色を(うかが)っていた結葉(ゆいは)だ。
/848ページ

最初のコメントを投稿しよう!

735人が本棚に入れています
本棚に追加