34.出て来ない結葉

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 結葉(ゆいは)に対しては、自分でもどうしようもないくらい狡賢(ずるがしこ)くて我欲を押し殺せないもうひとりの偉央(いお)が、華奢(きゃしゃ)な妻の身体を身動き出来ないよう押さえつけたまま、彼女の耳元で「帰ってきて、お願い……」と、懇願する。  それは、をズルいくらいに計算し尽くした言葉だった。  偉央(いお)からすれば決死の問い掛けだったその言葉に、あろうことかあんなに従順だったはずの結葉(ゆいは)が、ビクッと身体を震わせて小さくイヤイヤをして。 「もう、無理……なのっ。お願ぃっ、離してっ。偉央(いお)さん……!」  と明確に偉央(いお)を拒絶する。  それだけでも偉央(いお)にとっては耐え難い苦痛だったのに、そこで来訪者を知らせるチャイムの音が部屋内に響いて。  途端、結葉(ゆいは)がその音に弾かれたみたいに激しく抵抗を始めたから堪らない。  それだけならまだしも、まるで偉央(いお)の泣きたい気持ちに追い討ちをかけるみたいに「……(そう)ちゃん、助けて……っ!」と震えた声を絞り出したから。  偉央(いお)のなかで何かがプツリと切れた――。 ***  (そう)は三二階までたどり着くなり、はやる気持ちを抑え切れずにエレベーターの扉が完全に開き切る前に身体を横にして、すり抜けるように廊下にまろび出た。
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