36.終止符

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 途端ふわりとフローラルブーケの香りが漂って、偉央(いお)はトイレに置いていた手洗い用のハンドソープが、そんな匂いの製品になっていたな、と取り止めのないことを思う。  院内の備品一切の在庫を管理・補充してくれているのは美春だったから、きっとそれも彼女が選んだんだろうな、と思った。 ***  第一診察室に入るなり、偉央(いお)が覚束ない足取りのくせ、片隅に置かれた椅子を移動しようとするから。  美春(みはる)はそれを押し留めて「どこにお運びすれば?」と尋ねた。  みしょう動物病院の診察室は、人間の診察室とは違って、部屋の真ん中に患畜を載せる昇降式の診察台が置かれている。  基本的に獣医師も飼い主側も立ったまま患畜(ペット)の診察が行なわれるので、飼い主が座れる椅子も用意されてはいるけれど、殆ど使われることはない。  大抵の飼い主は自分が連れてきた動物(かぞく)の様子を、診察台付近に立ったまま心配そうに眺めるからだ。  そのため、椅子自体が邪魔にならないよう部屋の片隅に追いやられていた。
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