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「すまない」
女性にものを運ばせることを潔しと思わなかったのか、謝ってくる偉央に、「元気になったらこの借り、ちゃんと返して下さいね?」と言って、彼に指示された通りパソコン付近までその椅子を運んだ美春だ。
「……とりあえずそこに掛けて?」
椅子を運ぶときに下を向いたからだろうか。
ショートボブにしている横髪が顔に掛かってきて鬱陶しかったから耳に掛けて。
偉央に促されるまま今自分が運んできたばかりの椅子に座ったら、彼はパソコン前に置かれたキャスター付の椅子を引き出して美春に対面するように腰掛けた。
そうして開口一番。
「僕は……物凄く病んだ愛し方しか出来ない人間なんだ」
偉央が何の前置きもなくいきなりそんなことを言うから、驚いて何も言えなかった美春だ。
「あ、あの……御庄先生? お話がよく見えないのですが」
ややして、やっとの思いでそう告げたら、偉央が美春に悲しそうな淡い笑みを向けてきた。
その、どこか影がある笑顔は、偉央が結婚してから時折見せるようになったもので、独身時代にはなかった。
それを目にするたび、美春の胸はギュッと締め付けられるように痛むのだ。
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