36.終止符

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 偉央(いお)自身に面と向かって言ったことはないけれど、美春(みはる)偉央(いお)のことがずっと好きだったから。 (だから御庄(みしょう)先生が独立して開業なさるって聞いた時、ついてきたんですもの)  そんな美春だったので、偉央(いお)が見合い相手との結婚を決めたときにはすごくショックだったけれど、彼が幸せになれるならばとグッと恋心を飲み込んで祝福したのだ。  なのに――。  偉央(いお)にこんな切ない表情をさせる奥さんのことを、美春は心底憎らしく思っている。  美春は、奥さんが家を出て行ってしまったことを、以前偉央(いお)からそれとなく聞かされていた。 「実はさっきね、結葉(ゆいは)が……妻が帰ってきてくれて、寝込んでいた僕のために手料理を振舞ってくれたんだ」  偉央(いお)は美春の質問に答える気はないのか、そう言って小さく吐息を落とすと……。 「僕は……そのまま僕のそばにいて欲しいってお願いしたんだけどね。彼女は――結葉(ゆいは)は別に〝帰りたい場所〟があるって言って僕を拒絶して……。結葉(ゆいは)を行かせたくなかった僕は、激情に駆られて妻の首を絞めたんだ」  その言葉を聞いた瞬間、美春の中で、時が止まった。
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