38.二人暮らし

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 指輪を外したばかりの左手薬指は、まるでそれをつけるためみたいに指の根本が細くなっていて、肌も日焼けを(まぬが)れて少しだけリング状に色白だった。 「結葉(ゆいは)」  もう偉央(いお)と繋がるものを結葉(ゆいは)は何一つ身につけていないんだと思うと、切なくてたまらなくなる。  そういえば、今までは別居していても一緒だったはずの苗字でさえも、結葉(ゆいは)は離婚と同時に旧姓の「小林」に戻ってしまった。  これは民法が定めるところの「原則復氏」というものに(のっと)った措置らしいのだが、実のところ偉央(いお)にはそれさえも結構堪えている。  山波(やまなみ)(そう)の手前、下手に取り乱すのは嫌で、結葉(ゆいは)にすら本心をさらけ出せないままに全てを受け入れる形になってしまった偉央(いお)だったけれど。  心の中は、一見穏やかに見える偉央(いお)の様子とは真逆。  冬の日本海のように荒れ狂っていた。  辛うじてプライドが偉央(いお)に妙な行動を取らせることだけは抑えていたけれど。  こんな千々に乱れた精神状態を、誰にも見られたくないと思った偉央(いお)だ。 ***  そんな中、偉央(いお)は午後からの業務だけは何とか通常通りこなした。
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