「ラムネで乾杯」

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「ラムネで乾杯」

 今年も暑い。手拭いで汗を拭った。  孫娘が観光地のお土産にくれた手拭いを見つめる。とても可愛らしい絵柄。  私が孫の年頃に使っていたのは、こんな洒落たものじゃなかったな。  「はい、おばあちゃん。ラムネ。一緒に飲もう?」  孫娘が冷えたラムネの瓶を差し出してきた。  「ありがとう」  受け取って瓶を見た瞬間。    走馬灯?  断片的だが、あの頃の事が流れるように甦った。  ラムネの瓶の中のガラス玉。  そのガラス玉が欲しいと話した友達との時間。  どうしても取り出したいのに、取り出せないもどかしさ。そして…  「おばあちゃん?どうしたの?」  ハッと現実(いま)に戻る。  「……ラムネ。今も昔とそんなに変わらないねぇ。懐かしいと思って。」  「おばあちゃんも、ガラス玉取り出して持っていたいとか思った?」  「思った」  「一緒だぁ」  孫の笑顔が、当時の友達と重なった。一緒にラムネを飲んだ時の笑顔が似てる。  あの子は、もういない。  何十年経っても、夏が来る度、あの日が来る度に友達の事を思い出す。  あの子が消えたのを知らされたのは、後の事だった。  でも、本当に消えたわけじゃないと私は思っている。きっとどこかに今もいる。  私はこんなおばあちゃんになってしまったけど。あなたは子どものままかもしれないけど。     「おばあちゃん、今ってね、ラムネのガラス玉、けっこう簡単に取り出せるらしいよ。コツがあるんだって」  孫はそう言ってラムネを飲み干してから、何やら懸命に試行錯誤し始めた。  「ほら!取り出せた!」  誇らしげに取り出したガラス玉を見せる孫の笑顔。ああ、やっぱりよく似てる。  「おばあちゃん、手を出して」  言われて手を出す。  ガラス玉が手の平の上に転がった。  「おばあちゃんにあげる。」  「…ありがとう」  私があの子と別れ際に渡したのは、数本のラムネの瓶だった。  甘いものがもう手に入りにくくなっていたあの頃。  嬉しそうに受け取ったあの子の笑顔。  駅の近くで一緒に飲んで、その後すぐに別れた。  「またね」と手を振って。  離れる時間は、ほんの数日だけだと。  またすぐ会えると信じて疑わなかったのに。  再会が叶わない中で見つけたのは…地面に落ちていた、変わり果てた姿の「ラムネ瓶だったであろうと推測される」もの。それだけだった。  あなたが欲しがってたラムネの瓶のガラス玉。  ガラス玉がやっと手に入ったよ。こんなにきれいに。これはあなたのガラス玉だよ。あなたの小さな望みが一つ叶ったよ。  私は青空にガラス玉をかざして見た。滲んだ涙が零れないように。  一緒に、ラムネを飲もうね。    私はようやくラムネの瓶を開封する。  独特の音がした。  見えないけれど、傍にあの子がいるような気がした。  小さな声で「乾杯」と呟いた。ガラス玉がやっと手に入った事に。  大切なあなたの事、今もずっと覚えてるよ。  あなたが消えた日、その瞬間が、また今年もやってくる。  8月6日。8時15分。
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