一 相合い傘

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「生まれは、どちらなんですか?さしつかえなかったら教えてください」  この人はどんな里山を見て過してきたのだろう・・・。 「実家は北関東。群馬北部です。前橋の渋川に近い地域です」  男の返答にタエは驚いた。こんなことがあるんだ・・・。 「私は沼田です・・・」  タエがそう話すと男も驚いている。 「そしたら里山も、群馬の凄い夕立も、よく知ってますね」 「はい!」  タエは彼の顔を見あげた。  彼が立ち止った。 「ではここで。ここに勤めてます。傘は使ってください。  では、また」  彼はそう言って傘をタエに持たせて、タエが返答する間を与えぬまま、激しく降る雨の歩道からビルに駆けこんだ。ビルには『三洋テキスタイル』とある。  この会社、我社の紳士部門が取り引きしているはずだ。紳士用の毛織物では業界の評判が高い企業だ・・・。 「タエ、どうしたの?遅れるよ」  タエは背後から、義姉のケイに声をかけられた。今日、ケイは印刷会社との打ち合せで早出したはずだ。もうすんだのだろうか・・・。 「私の打ち合せはすんだよ・・・」 「今、傘を借りたんだ。名前も言わずに、駅からここまで傘に入れてくれて、そのまま貸してくれた・・・」 「ふ~ん、傘が取り持つ縁だね。あたしも傘を持たずに、レインコートだけで通勤するかなあ・・・」  そう言いながら、ケイは笑っている。まわりくどいことが嫌いなケイに、レインコートだけで通勤する気など無いのをタエは承知している。
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