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一 相合い傘
六月六日、月曜、午前八時。
新宿駅を出た。外は雨。傘はない。
雨は嫌いじゃない。初夏の雨は降るごとに木々や草花に水分を与え、若葉を緑にする。天の恵みだ。こんな日は実家の二階から、雨に濡れる里山の木々を見ていたい・・・。
だけど、ここは新宿。里山はない。あるのは高いビルと、インコやヒヨドリなど野鳥の群がねぐらにする街路樹くらいだ。群れをなして飛来する野鳥を目当てに、ビルの谷間には猛禽類がいるらしいが見たことはない。夕方の街路樹は野鳥の鳴き声に包まれて、里山のような夜の静寂は無く、梅雨の雨は、野鳥の群れで糞にまみれた木々を洗い流すほどの恵みも無い。
曇った空から水しぶきのように雨粒が落ちてくる。ビルやアスファルトに落ちた雨粒は細かくなって街路とビルの谷間にたちこめ、街が梅雨の湿気に包まれている。梅雨の街に風はない。暑くて湿気が多い。憂鬱だ。
梅雨のこの季節、傘を持たずに出勤するのがまちがっている。
そんな事を思って空を見あげたタエの視界が青い傘で遮られた。タエの視界が傘の内の現実に戻された。
「よかったら、どうぞ。勤め先はどちらですか?」
タエは驚いて傘の持主を見た。どこか見覚えある顔だ。
「すみません。この先のMarimuraです・・・」
「僕の勤め先と同じ方向だから、傘に入ってください。雨がやむのは午後らしいですよ」
「ありがとうございます・・・」
タエは青い傘の左側に入って、勤務先へ歩いた。
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