かみうめちゃん

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 小学校四年の二学期、祖母の家のある関西の田舎町に転校してきた私は、学校にも馴染めずなかなか友達もできなかった。住んでいたのは千葉県だったのだが、喋り方が「東京っぽくて気取っている」とかなんとか、そんなようなことを言われていつもクラスで浮いていた。  一緒に帰る友達もいないので毎日一人で帰っていたのだが、ある日、神社の前を通りかかった時に声が聞こえた。 「なあ、一緒に遊ぼ」  その神社は、祖母に一人で遊びに入ってはいけないと言われている所だった。十年ほど前、神社のすぐ裏の雑木林で男の人が野犬に襲われて噛み殺される事件があったのだという。学校の先生も、あそこは今も時々野犬が出るから気をつけましょう、などと言っていた。  でも聞こえたのは同じぐらいの年の女の子の声だったので、おそるおそる私は神社の中を覗いてみた。 「こっちや、梅の木の下や」  また声がしたので、言われた通り境内に一本だけある大きな梅の木の方を見ると、根元に小さな女の子が立っていた。声の通り、同い年ぐらいの可愛い女の子だったが、身長はリカちゃん人形ぐらいしかなかった。長い黒髪を背中まで垂らして赤いワンピースを着ていた。 「小人だ!」  私はびっくりして小さく叫んだ。可愛らしい女の子だったので怖いとは思わず、絵本やアニメに出てくるような小人が本当にいるんだ、とむしろ嬉しい気持ちだった。女の子はクスッと笑った。 「小人とちがうで、私はかみうめ」 「かみうめ? それ名前なの?」 「うん、かみうめ。あんたの名前は?」 「真由子だよ」 「真由子ちゃん、お友達になろ。一緒に遊ぼ」 「うん」  一人で入ってはいけないと言われている神社だったが、なにしろ小さい秘密の友達ができたのだ。嬉しくて私はそれから毎日学校の帰りに神社に立ち寄るようになった。土日も時間を見つけてはせっせと遊びに通った。  かみうめちゃんはいつも私が神社に入って小声で「かみうめちゃん」と呼ぶと、ニコニコしながら梅の木の後ろから出てきた。かみうめちゃんと私は毎日遊んだ。鬼ごっこをしたり、かくれんぼをしたり、あるいはこっそり家から持ってきたおせんべいを割って分けて食べたりした。  母や祖母は、私の帰りが少し遅くなり、毎日楽しそうにしているので、やっと真由子にも仲の良い友達ができたのねと喜んでいた。  私にとってかみうめちゃんは親友だった。  嬉しいことがあると、かみうめちゃんに報告して、ふたりで喜んだ。  嫌なことも、かみうめちゃんに話すと一緒に悲しんだり怒ったりしてくれた。一度、クラスのジャイアン的な乱暴者の元木くんに髪の毛を引っ張られていじめられたことがあり、泣きながらかみうめちゃんに話したらかみうめちゃんも一緒になって怒ってくれた。次の日、偶然元木くんが帰り道で野犬に足を噛まれてけがをしたというので、そのことを話したら「ばちが当たったんや」とくすくす笑って喜んでくれた。 「かみうめちゃんバイバイ」 「真由子ちゃん明日も来てね。ずっとお友達でいてや」  かみうめちゃんは別れ際には毎日そう言った。たまに用事があって明日は来られないなどと言うと、たまらなく寂しそうな顔をするのだった。  そうこうするうちに、私にも同級生の友達ができた。  岡本さんという背の高い女の子で、たまたま私と彼女が同じノートを使っていたことがきっかけだった。そのノートは『りぼん』の付録で、私も岡本さんも『りぼん』の同じ漫画のファンであることがわかり、話が盛り上がったのだ。岡本さんは雑誌だけでなくコミックスも持っているから、今日うちに遊びにおいでと誘ってくれた。  岡本さんの家は広くてきれいで、漫画や少女小説がいっぱいあった。きれいなお母さんがおやつを出してくれて、かわいい猫も飼っていた。私は岡本さんと漫画を読んだり一緒に絵を描いて遊んだ。帰り際、また明日も遊びに来る約束をした。  それからしばらく、毎日岡本さんの家に行ったり、岡本さんと公園で遊んだりするようになった。公園にはクラスの他の女の子たちもいて、一緒に遊んでみると楽しかった。現金なもので、普通の友達ができたとたんに私はかみうめちゃんに会いに行くのをやめてしまった。  二週間ほどかみうめちゃんに会わない日が続いた。その日はたまたま岡本さんが習い事で遊べない日で、ひまだった私はふと思い出して神社でかみうめちゃんを呼んでみた。 「かみうめちゃん……あっ」  とたんに足首に鋭い痛みが走り、びっくりして見下ろすとかみうめちゃんが私の足首に噛みついていた。 「なんでずっと来いひんかったんや」  かみうめちゃんは怒った顔でそう言った。かみうめちゃんが噛み付いたあとは小さい歯型がついてうっすら血がにじんでいた。 「ごめん、ごめんね」  一生懸命謝ると、かみうめちゃんは小さい声で言った。 「また遊んでくれる? ずっと仲良くしてくれるか?」 「うん、かみうめちゃんは友達だもん。また遊ぼう」  かみうめちゃんは嬉しそうに笑った。  それから私はまた毎日かみうめちゃんと遊ぶようになった。岡本さんや他の女の子たちは、私が遊びの誘いを断るようになったので離れていった。  春になり、母の体調が落ち着いたので、私はもとの家に戻ることになった。新学期からまた前の小学校に戻れるのだ。仲良しの友達やこっそり好きだった男の子にも再会できるので、私は嬉しくてすっかり浮かれていた。  でも、かみうめちゃんは違った。  千葉の家に帰る。そう伝えるとかみうめちゃんは怒った。 「ずっと遊んでくれるって言うたのに。嘘つき」 「だって、千葉は遠いからもう遊びには来られないよ。電車や新幹線に乗るんだよ。私まだ子供だもん」  びっくりして私が弁解すると、かみうめちゃんは少し考えてから言った。 「じゃあ、真由子ちゃんが大人になったらまた遊びに来てくれる? 大人なら一人で来られるやろ?」 「うん! 大人になったら、かみうめちゃんに会いにくる!」  かみうめちゃんはにっこりした。 「じゃあ真由子ちゃんが二十歳になるまで、寂しくないように寝て待ってるわ。二十歳になったらもう大人やろ?」 「そんなに長いこと寝ていられるの?」 「うん。私の言う通りにしてくれたら大丈夫や」  それで、私はかみうめちゃんの指示通りにした。祖母の家からおせんべいの入っていた大きめの空き缶を持って来て、中にハンカチを敷いた。かみうめちゃんはそこに入ると横になった。 「じゃあ、約束やで。絶対二十歳になったら戻って来てな」 「うん、約束する。じゃあまたね」  私は缶の蓋を閉め、かみうめちゃんに渡された難しい墨の文字が書かれたお札のようなものを糊で貼り付けて封をした。それから、梅の木の根元に穴を掘って缶を入れ、元どおりに土をかけて埋めた。  
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