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そうだ、思い出した。私が二十歳になったら、戻って来てかみうめちゃんを出してあげる約束だったのだ。便箋を持つ手が震えた。
あれから三十年も経っている。今も、かみうめちゃんはあの神社の梅の木の下にいるのだろうか。土の中、おせんべいの缶に入って私が来るのを待っているのだろうか。
いやしかし、そんなことがあるはずがない。冷静に考えると、あれは子供の頃の私の空想だったのだろう。かみうめちゃんは、友達ができなくて、お母さんが病気で、寂しい気持ちを紛らすために私の心が生み出した架空の友達だ。そうに違いない。
違いないとは思うのだが、その一方でかみうめちゃんと遊んだ記憶が次々とよみがえってくるのだった。あれは空想か、本当にあったことなのか、だんだんとわからなくなってきた。
はっきりするには、確かめてみればよい。
私は急いで庭の物置から古いスコップを探し出すと、「ちょっと気分転換に出てくるね」と母に言い置いて外に走り出た。
神社は三十年前と何も変わらないようだった。
木の茂り方は多少違っているが、普段人気がないとはいえ神社であるから、たまに植木屋が入るのだろう。荒れ果てた感じもせずそこそこ手入れされている。
あの梅の木もちゃんとある。
確かこのあたりだった、と見当をつけてスコップを刺す。掘るたびに、やはりあの時ここに缶を埋めたはずだという確信が強まっていく。
では、缶の中には何が入っているのだろうか?
約束の二十歳から、もう二十年も経っている。二週間来なかっただけで怒って噛み付いてきたかみうめちゃんだ。二十年も忘れらていたらどうなっているのだろうか。
カツン、と手ごたえがあり、手で土を分けてみるとあの缶が現れた。泥だらけで錆びてはいるが、「ごませんべい」というラベルの文字がうっすら見えた。
本当にあった。私は急いで周りを掘り返し、缶を取り出した。
缶は記憶よりもずっと重く、中身がみっしり詰まっているらしく全体的に少し膨らんでいた。まるで何かが中から押し開けようとしているように、蓋が少し浮き上がっている。貼り付けたお札はもうボロボロになって、いまにも破れそうだ。蓋と本体の間の隙間からは長い髪の毛のようなものがはみ出していた。
「かみうめちゃん……」
私が呟いたと同時に、缶がカタカタと震えた。
「あっ」
驚いた拍子に私は缶を取り落としてしまった。拾おうとしゃがんだ私の目の前で缶はさらに激しく震え出し、お札がびりびりと破れた。蓋が勢いよく開いて音を立てて落ちた。とたんに缶の中から何か黒くて大きいものが飛び出してきて、私は地面に押し倒された。顔に荒い息がかかり、獣臭いにおいが鼻をついた。
――真由子ちゃん、遊ぼ。
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