『大天使アリエルのもふもふ日誌 第3章 堕天使 ゼパルのボタニカル日記』

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『大天使アリエルのもふもふ日誌 第3章 堕天使 ゼパルのボタニカル日記』

本タイトル≫『大天使アリエルのもふもふ日誌 第3章 堕天使 ゼパルのボタニカル日記』 作≫けいたん 登場人物≫コザクラインコのチッチ(雌)//独身女性のみどりさん//厚生労働省から来た土屋さん(堕天使ゼパル)//カナヘビのサリー(雄) 【注意事項】 ※話者が切り替わるところには、「≫」のマークが付いています。 ご不明な点は何なりとお尋ねください。 【本記】 ≫私はコザクラインコのチッチ。 大天使アリエル様の部下で地上で重要な任務についています。 天にいるアリエル様のご指示のもと、地上の人々の中で暮らしながら天の導きを示すという大切なお仕事なのです。 ですからずっと仕事一筋。 コザクラインコは愛の鳥のシンボルだってことくらい知ってます。 つがいになればお互いに協力して子育てしたりと仲がいいらしいですね。 ですが私はそんな、平凡な生き方よりも仕事に生きがいを感じているのです。 私は今、ある独身女性のもとに潜入しています。 彼女の名前はみどりさん。そこそこに美しくまあまあ性格もよい彼女が、世間でオールドミスなどと呼ばれるまで独身だった理由。 それは人と話すときに興奮してしまって自分の話を延々としてしまうっていうところが大きな原因。 そこそこ財産のある家庭で、いい教育を受けて、地元ではまあまあ名の通った会社勤めをしているみどりさんですから、20代から30代のころまではお見合いの話なんてたくさん来ていたんだから……と、私に最近よく話すのです。 私はしゃべる能力はありますけれども、みどりさんがあまりにもたくさん話しかけるので返事をする隙がなく、いつも聞き役に徹しています。 私を飼い始めたのは両親が相次いで亡くなり、話し相手がほしくなったみどりさんが、ペットのおうちという保護動物サイトで私を見つけたのがきっかけです。 私はそれまで、劣悪なペットブリーダーのもとでひどい生活をしていたのですが、そこから救い出してくれたみどりさんにはご恩があるのです。 そんなある日のことでございます。 たまたま有給休暇を取って家にいたみどりさん。 りんごーんとこの家の特徴であるレトロなチャイムが鳴って外に出てみますと1人の若い男性が立っていました。 青くみえるほど深い色の瞳をした青年でした。すらりと背が高く、家の門扉の前に立つ姿は、そこだけが、いにしえの名画のように見えたほどです。 しかし、そんな美青年でありながら彼は実に野暮ったいグレーの作業着を着ていました。 「厚生労働省から参りました土屋と申します。実はこちらの庭に未判定の外来生物が栽培されていると通報がありまして調査に来ました」 土屋さんはお役所の人にしては少しなれなれしい感じがしました。 礼儀正しいし、ネームタグの身分証もちゃんと持っていましたが、どことなく、女性にもてそうな気配がするのです。 みどりさんは、そういう恋の駆け引きなどには、とんと、うとい人で、いきなり現れた美青年にすっかり見とれている始末。 「あのっ未判定の外来生物を栽培だなんて、そんなばかな話ってありませんよ。確かにうちの庭は100坪はありますけど、手入れもちゃんとしているしそんな変なものを見つけたら絶対に気付きますもの。それに一体誰がそんな通報なんてしたのかしら。そうだわ、去年、家の裏にマンションが建ったんです。日当たりが悪くなるしこちらの家に向いてベランダがあるからプライバシーの侵害だって言ったんですけどね、全く話を聞いたもらえないままマンションが建ってしまったんです。きっとあのマンションの住人が嫌がらせをしているんだわ」 ああ……このおしゃべりな性格さえなかったらとってもいい人なのに。 このおしゃべりが原因で、これまで少しいい感じになった男性とも3回目くらいのデートで向こうから離れて行かれてしまっていたのに。 私がため息をつこうとした、そのとき、土屋さんの手首についっと小さなカナヘビが姿を現しました。 「きゃあっ。トカゲ?」 「ああ、驚かせてすみません。このカナヘビの名前はサリーっていいます。僕の相棒なんですよ」 土屋さんはにっこりと笑いました。 ああ、まるで天使のような笑み。 天上のあらゆる光の祝福を受けたような明るい笑い声が耳を心地よくくすぐります。 身も心もとろけそうになっていたそのとき。 私はわれに返ったのです。 手首にカナヘビの供を連れた美男子。 そう、この者は堕天使ゼパルなのです。 「庭に入れていただいても構いませんか」 みどりさんが逆らえるはずもありません。 門扉を開いて家の中に招き入れてしまいました。 私が天に向けて緊急速報を発しようとしたとき、いつの間にか堕天使ゼパルの部下であるカナヘビが私の鳥籠にへばりついておりました。 「カナヘビのサリーと申す。何も無体なことをしようというのではない。しかしそなたが不要に騒ぎ立てるというのなら今、ここで主の命令により排除する」 「私は大天使アリエルの部下であるコザクラインコのチッチです。それを知っての狼藉ですか」 「狼藉などと言葉がすぎよう。わが主、大地の賢者にして堕天使ゼパルはそなたの飼い主のみどり女史の許可を得て招かれたのだ」 ああ……何ということでしょう。 堕天使ゼパルといえば、いにしえの時代に生き物の心に恋の種をまいたことで知られる恐ろしい存在。 恋の種はいつ発芽するか分からず、運命の輪を回し、まるでルーレットのように恋の相手を定めるというルールがそのときから発動したのです。 テラスに吊された鳥籠に堕天使ゼパルこと厚生労働省職員の土屋さんが近づいてきました。 近くで見るとその美貌がまぶしく直視できないほど。 白い肌にさらりと前髪がかかり、切れ長の瞳には明るい笑みが浮かぶ。 ふわりとスズランをブーケにした香りがしました。 「この子が大天使アリエルの部下のコザクラインコのチッチか。きれいな羽の色だね、まるでこれから花開こうとしている薔薇のようじゃないか。くちばしの黄色はパッションフルーツのようにつややかでキスしたら甘そうだ。でもそのくちばしは少しだけ閉じていてね。アリエルには知られたくないんだ。僕たちの秘密だよ」 ちょんっと鳥籠の隅間から指でくちばしを撫でられ、私の体はしびれたように動けなくなりました。 何ということでしょう、私はあっさり堕天使ゼパルの魔法にかけられてしまった! これまでこの身を清らかに守り、大天使アリエル様の部下としてキャリアを築いてきたのに何もかもおしまいです。 「サリー、チッチが大天使アリエルへ急報しないように見張っていてくれよ」 「かしこまりましてございます」 カナヘビに見張られ、文字どおり身動きすら取れなくなった私は必死でみどりさんに危険を告げようとしたのですが無駄でした。 みどりさんは実にうれしそうに堕天使ゼパルこと土屋さんを庭に案内しているのでした。 【本記.2】 「こちらが庭です」 私は厚生労働省から来た土屋という青年を案内した。 ここは両親とその両親が2代かけて造り上げてきた庭だ。 街中で100坪もの庭があれば当然、マンションを建てませんかと不動産業者からのしつこい勧誘は毎日だ。 「いい庭ですね」 土屋さんはウエストポーチからビニール手袋を出すと真っ直ぐに祖父母のころからある花壇に向かった。 そこには深紅のポピーが咲いていた。 「これはオリエンタルポピーです。栽培が禁止されているハカマオニゲシに似ていますが危険な花ではないと思います」 土屋さんは私のことばを聞きながら笑った。 その爽やかな耳に心地いい声に私はくらっとめまいがした。 「あっ、あぶない……大丈夫ですか」 「あの、最近、更年期なのかよくめまいがするんです」 更年期だなんて!どうしてそんなばかな年寄り臭いことを白状してしまったんだろう。 めまいがするのは今に始まったことじゃなくて、きょうみたいな曇りの日には低気圧の影響なのか頭痛がしたりめまいで休んだりしていたじゃない。 土屋さんの体からふわりとすずらんの香りがした。 「すずらんの香水ですか。いい匂いですね」 「香水なんかじゃありませんよ。こういう仕事を長くしていると体に染みついて取れなくなってしまうんです」 「こういう仕事?」 「ええ。あなたのように美しい心を持った人間が妖精の女王になってしまうのを止めるための仕事ですよ」 土屋さんは深紅のポピーの影に隠れて1輪だけ咲いていたブルーのポピーを私に見せた。 「これはまだ未判定の外来生物ですから罪に問われるというものではありませんが人間の精神に深く影響する植物なんですよ」 「それはどんな影響なのですか」 「人間を妖精の女王にしてしまう……恋の種を芽吹かせなくするという作用です」 土屋さんはブルーのポピーを手にすると、ふわりと笑った。 「この花を撤去すればあなたの恋の種もすぐに芽を出すでしょう。いい恋をしてくださいね」 【エンディング】 ≫私は大天使アリエル様の部下であるコザクラインコのチッチ。 最近、うれしくもない男友達ができてしまった。 堕天使ゼパルの部下のカナヘビのサリー。 きょうも呼んでもいないのに鳥籠にへばりついて、なんやかんやと話しかけてくる。 「みどりさんの調子はどうだろうか。ゼパル様が気にかけておられる」 「それはもう、ご覧のとおりよ」 そのとき、みどりさんの晴やかな笑い声が庭から聞こえてきた。 知人の紹介でお見合いをしたイギリス人の男性と近々結婚するのだ。 「2人はイギリスに住むんだろう。あなたもついていくのか」 「ええ、この家は売却するんですって。イギリスは寒いというからかぜを引かないか心配だわ」 「われわれは独自のルートを通過できる。またチッチ殿に会いにうかがってもよろしいか」 「断る理由はございませんわね」 「みどりさんがイギリスでも妖精に捕まらないように気をつけて差し上げるとよいとゼパル様からの伝言だ」 「大地の賢者ゼパル様へありがたくご助言を承りますとお伝えください」 それから、と私は大天使アリエル様への報告書を出した。 「報告書にはゼパル様が現れたことは書きませんでした」 「いたみいります」 「私はみどりさんが幸せになってくれたらそれでいいの」 「あなたの幸せはもう求めないのですか」 ふわりと私の心の中で恋の種が芽吹く気配がした。
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