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6
「帰らないの?」
いつの間にかそばに来ていた相川は、ジャージから着替えてすっかり帰り支度を整えていた。
「待ってたんだよ、お前のこと」
「着替えないの?」
見上げた相川の顔は、いつもと変わりないように見えた。頬にも 目にも、泣いた形跡がないことを確かめる。
「お前、また振られたろう」
「なんで知ってんの。見てた?」
「見てねーよ。それくらいバレバレなんだよ」
「なにそれー」
俺達はもうだいぶ長い付き合いで、だから大抵のことは、普通よりもちょっと少ない言葉で足りる。
だけど、それだけでは伝わらないことは確かにあって。
しかも、伝えられないでいるうちに余りにも大きくなってしまって。
今更、途方に暮れる。
どんなに言葉を選んでも、尽くしても、もう、ありのまま正しくは伝えられないんじゃないか?
そう思うたびに、怖くて何も言えなかった。ずっと。
無言で右腕をさしだすと、相川も何も言わずに手をとって引きあげてくれる。
反動をつけて立ち上がる。その瞬間、このまま手を離さずに、引き寄せて抱きしめてキスなんかしたらどうなるんだろう、と、思った。
それは魅力的な想像だったけれど、覗き込んだ目が無邪気に不思議そうに笑ったので、堪え難くなってやめておいた。
—— やっぱ下世話だよ狩野くん
がーっと押して押して落とすなんて、いきなりそんなの俺には無理だ。
たとえ相川が、安心しきってるだけだとしても。
この状態ですら精一杯なのに。
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