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8 Fin
そのとき確かに、とあるひとつの世界は終わった。
穏やかで安らかで、平和な凪のような時間は終わってしまった。
壊してしまった。もう戻せない。
初めて正面から挑んだ相川の瞳は、今はただ混乱して揺れていた。
その瞳に映る自分は、予想していたより冷静だった。
例えばいま、引き寄せて抱きしめて。キスなんかしたらどうなるだろう?
新しい世界が始まるだろうか?
俺たちはもう、平和なだけの関係には戻れないけど。
新しい世界には波も嵐も訪れるだろうけれど。
「すぐじゃなくていいんだ。別に今すぐじゃなくても」
宥めるような、猶予を与えるような、そんな優しげな言葉をかけている自分は卑怯だなと思う。
だって相川はふられたばかりで。
そうやって気付かせないままで、じっくりと追い詰めている。
ずっと一緒にいた。だから分かってる。
相川は俺を嫌いにはなれない。だから簡単には突っぱねられない。
そんなこと分かりきっていて、卑怯でもそれを利用するんだ。
相川が瞬きを繰り返す。
なんだか、今日はこんなシーンばかりだな。
だけど今目の前にいるのは相川で、もう。
諌めてくれる友達もいなくて。
手を伸ばす。捕まえる。ほんの少し、引き寄せる。
それは魅力的な想像の通りの動作だったというのに何故か。
こころのどこかが微かに、引きつるように痛いのは何故だろう。
「田島……?」
ごめん、相川。
ずっと。ずっと近くで、ただ見守ってあげられなくて。
ごめんな。
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