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「桜井?開けていい?」 扉の向こうからそんな礼儀正しい声が届いて、それが狩野くんだとわかった。 立ち上がって、扉を開ける。途端に狭い部室の中を風が舞って、慌てて手元を押さえた。 「まだ帰らないの?仕事?」 「ああうん。スコアとか部費とか、色々」 「わるいね、いつも。任せきりで」 「だって、マネージャーだしね」 狩野君が、いつものように感じよく笑う。狩野君はいつも、はかったように同じだけ感じがいいのだ。 「でもさ、今日はもう上がったほうがいいよ」 「え?」 「あいつもさ、そろそろ引き揚げてくるから」 そう言って、コートの方を指す。そこには一つだけ、小さく人影が見えた。 何してんだろ。そう思ったけど、考えるのはやめた。 どうせ、私とは関係ない理由で、留まってるに違いないから。 田島君が好きだ、と気付いたと同時に、彼が誰を好きかも気付いてしまった。 それは私ではなくて、足が早くてすらりと綺麗で、しかも、田島君のことを好きではなかった。 そのときからずっと、ずっとこんな風な煮え切らない気持ちが続いている。 「偽善者って、言ったんだって?」 後ろの方で帰り支度をしていた狩野君が、振り向きもせずに唐突に言った。あいかわらず穏やかな気配のままで。 こういうとき、この人は油断ならない、と思う。 なんだか切り込んでくるようだ。こんなに静かなのに。
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