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 それは精巧とは言い難い似顔絵だった。ある一軒の店のシャッターに三つ編みをした一人の女性の顔が、スプレー缶を吹きかけて描かれていた。  素人目には単なる落書き。これは立派な犯罪である。  店主の男は出勤してきて、その落書きに気づき、清掃会社に連絡をした。  やはり、防犯カメラを設置すべきか?もちろんダミーでもいいのだが、それなりのコストがかかる。最近、店には常連客が波が引くように寄り付かなくなった。  その原因は、隣町にあるパーティー会場を併設したダーツバーができ、そこに客を持って行かれているのだ。新しいものに食指が動くのは仕方がない。だが、もう一年過ぎ、そろそろ客が戻って来るのではと、淡い期待を寄せていたが、その考えは甘かった。  客は隣町のダーツバーに居ついてしまった。男はもう一年待って、それでも客が戻って来なければ、店を閉める覚悟を決めた。  だが、今朝シャッターに女性の顔の落書きがしてあった。まるで、自分の店はもう、オワコンだと突き付けられた気持ちになった。  落書きを放っておくわけにはいかない。男は清掃会社に連絡をして、落書きを消去する選択をした。男は店を愛していた。そして、たとえ沈没しかかっても、途中で逃げ出すこともなく、いっしょに沈むことも辞さないと考えていた。  清掃会社の人間によって綺麗に消されたシャッターは、元に戻った。それを見た男は、心機一転した気分になった。  だが、数日後、男はニュースを見て腰を抜かしてしまった。一人の女子大生が夜遅く、通りを歩いているときに、何者かに刃物で胸を刺され、死亡する事件の詳報が流れた。被害者の顔がニュース映像で流れたとき、男は彼女にどこかで会った記憶があると思った。お客の中にいたのか?それとも、道ですれ違ったことがあるのか?とにかく、男には彼女に対して既視感があった。
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