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 猪俣はタバコをゆっくりとふかした。  深窓の令嬢風の背の高い女性、凛とした佇まいは一輪のバラのようだった。彼女は石原がかつてマドンナと呼んだ、登山部の木野崎瑞穂だった。現在は結婚して山口瑞穂になっている。  まさか、そのマドンナ的存在が能弘の前に再び現れるなんて、雅美にとっては青天の霹靂であった。  情けないことに、瑞穂に能弘を預ける形になった。彼女が言うには、昔から能弘のことはなんでも知っているから、自分の方が最適だと主張した。半ば押し切られるように、能弘を連れて彼女は去った。敗北だった。たかだか一か月程度の女には用がないと言わんばかりだった。  一人、病室に残された雅美はベッドの端に突っ伏して泣いた。女子高出身の雅美にとって、好きな男のために泣くという経験はなかった。今初めて、その甘酸っぱさ、ほろ苦さを知ったのだ。
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